環境省も後押し。生物多様性は人類全体にとっての「サバイバル戦略」 - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

コラム

最終更新:2025.03.07

環境省も後押し。生物多様性は人類全体にとっての「サバイバル戦略」

生物多様性の保全は、社会経済活動を持続可能にする鍵であり、企業は自然資本を活用した「ネイチャーポジティブ経営」への移行が求められています。指標設定や企業支援を通じ、持続可能な経済の実現を推進している環境省の永田様にお話しを伺いました。

世界規模で発生するであろう危機をまとめた、世界経済フォーラム(WEF)の報告書。今後10年間を見据えたランキングでは、異常気象、気候危機に続き、生物多様性の喪失と生態系の崩壊が3位(2024年12月時点。グローバルリスク報告書2025では2位)に挙げられました。この原因が人間の経済活動にあることは想像に難くありません。
生物多様性の喪失により、私たちにはどんな影響があるのか。状況を改善するために、私たちは今、何をすべきなのか。環境省で生物多様性に関する取組みを担当する永田 綾さんにお聞きしました。

世界の総GDPの半分は、自然資本に依存

——生物多様性の重要性について、教えてください。
永田 生物多様性とは、すべての生物の間にある違いのことです。1992年に採択された生物多様性条約では3つの多様性が示されました。遺伝子レベルでの多様性と、現在500〜3000万種が存在するといわれる種の多様性、そして、それぞれが関連し合う生態系の多様性。生物多様性は、この3つのレベルで定義されています。
私たち人類は、植物や動物、大気や土壌、鉱物といった自然資本から発生する生態系サービスを受けながら暮らしています。例えるなら、自然資本は元本であり、そこから利息的に派生するものをサービスとして、日々受け取っているわけです。日常生活で意識することは少なくとも、自然資本がないと人類の社会経済活動は成り立ちません。そこで私たち環境省は、元本が損なわれそうになっている現状を止める鍵こそが「生物多様性の保全」であるとして、重要性をお伝えしています。
永田 綾(ながた あや)
永田 綾(ながた あや)
環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室長。
2005年環境省入省。産業廃棄物規制対策や大気汚染物質排出規制対策に関する法制度改正、名古屋議定書や水俣条約の締結、ESG金融に関する政策・事業などを担当。2024年7月から現職にて、ネイチャーポジティブ経済移行の促進などを担当。ファッションと環境タスクフォースリーダーも務めている。
——特に企業の経済活動にとって、生物多様性が重要な理由は何でしょうか。
世界経済フォーラム 自然関連リスクの増大:自然を取り巻く危機がビジネスや経済にとって重要である理由(P.14)
世界経済フォーラム 自然関連リスクの増大:自然を取り巻く危機がビジネスや経済にとって重要である理由(P.14)
永田 2020年の世界経済フォーラムの資料によると、世界の総GDPの約半分にあたる44兆米ドル以上が、自然に依存した産業から生み出されています。私たち人類の事業活動は、国内外の自然の恵みに依存しており、生物多様性の安定の上に成り立っているわけですが、一方で、生物多様性に大きな負荷を与えてしまっているのも事実です。
環境の変化などの影響を受けて、個体数を減らしている生物は年々増加しています。種の絶滅速度は、過去1000万年平均の、少なくとも数十倍から数百倍という急激な加速をしており、今後は更に加速的に絶滅種が増加する恐れがある、と言われているほどです。
こうした状況において自然資本への依存と損失は、社会経済を持続可能にしていく上で明確なリスクとなり得ます。そこで多くの企業には、自然資本の保全を重要課題として位置づけた、ネイチャーポジティブ経営への移行が求められています。

急伸する「ネイチャーポジティブ経営」の可能性

2025年2月環境省提供資料
2025年2月環境省提供資料
——ネイチャーポジティブ経営への移行に関して、現況を教えてください。
永田  2024年3月に、自然資本に立脚した企業価値の創造を後押しする「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が発表されました。この戦略に基づき、環境省では2030年に向けて二つの指標を設定しています。一つは、取締役会や経営会議において、生物多様性に関する報告や決定がある企業会員の割合です。すでに、目標としている50%に対して、40%を達成しました。もう一つが「ネイチャーポジティブ宣言」を掲げる賛同団体の数です。目標を1,000団体と設定しましたが、すでに60%を達成し、日々の増加に伴いグラフを更新するのが追いつかないような状況です。
自然関連課題に対する企業の財務情報を開示するTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)においても、開示を表明している世界502社のうち、日本企業は134社と世界最多を誇っています。一方で、まだ多くの企業が生物多様性とビジネスの結節点を見つけるための機会や、そのリスクの抽出に苦労されているという印象もあります。そうした企業では、開示企業の事例などを通して、自社事業と生物多様性の結節点を模索されているのだと思います。
——環境省では、企業における事業と生物多様性の結束点をどのようにサポートされているのでしょうか。
永田 ネイチャーポジティブ経営を促進するためのプラットフォームを準備しているところです。ニーズやソリューションをもつ企業、あるいは、分野横断的に取組みたい企業をつなぐビジネスマッチングの機会も恒常的に作っていきたいと考えています。
また、民間団体などによって生物多様性の保全が図られている区域を、「自然共生サイト」として認定する取組みを2023年からはじめています。これは、2030年までに海と陸のそれぞれ30%の自然を保全する世界目標であるいわゆる「30by30」に対して、現状日本では、海で13%、陸で20%という保全率を向上するために考えられたものです。
さらに2024年からは、自社で土地を所有していなくても、自然保全団体の課題解決を支援する企業に、支援証明書を発行する取組みをはじめました。TNFD開示にも使っていただき、投資家や金融機関からの資金面での呼び込みを促進につなげて欲しいと思っています。2025年の春からは地域生物多様性増進活動促進法が施行されることもあり、こうした施策に本格的に注力していきたいと考えています。
——TNFDの開示企業が世界最多なのは、どんな背景からなのでしょうか。
永田 もともとあったTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)でも、日本企業は途中から開示企業数が世界1位になりました。その経験から多くの日本企業が、積極的に関わることで世界的なフレームワーク構築に影響力を示せると気づいたのではないでしょうか。また日本の企業の多くは昔から、環境保護に関する考え方や取組みをしてきた歴史があります。例えば、自社林をもって保全することや、生産者への配慮など、昔から自然と共生するような感覚が根付いていることも影響していると思います。
——今後、環境省として考えている新たな施策はありますか。
永田 輸入に頼る分野が多い日本は、サプライチェーンを通じて、諸外国の生物多様性に影響を与えていると言えます。だからこそ、自然資本への依存や影響を適切に評価する国際標準化やルールメイキングに関わり、日本企業が国際的にも負けないように努めたいと思っています。
ほかにも、事業活動による環境負荷を可視化する「ネイチャーフットプリント」の開発を進めています。企業ごとに状況が明示できるため、金融機関による評価への活用も想定したものです。現在スピーディーに進んでおり、2025年ごろには試案が公表できる見込みです。

求む、気候変動に続くパラダイムシフト

永田様がインタビューを受けている写真
——生物多様性保全を認識した、ネイチャーポジティブ経済の推進において、企業に期待していることを教えてください。
永田 これまでも植林や寄付、教育といったボランタリーな活動を続けてきた日本企業はとても多く、それは本当にすばらしいことだと思います。しかしこれからは、CSR的な活動領域を越え、自社の事業活動そのもののなかで、ネイチャーポジティブを実践するフェーズに入ってきました。TNFDのリスク機会分析や開示は、投資家などの対外的なコミュニケーションに活用していただき、ぜひ事業としての実践に注力してもらえたらと思っています。その過程ではきっと、これまでになかった新しいビジネスチャンスも生まれるはずです。
またネイチャーポジティブに限らず、気候変動や資源循環など、社会課題への同時対応はとても大変だと思いますが、逆にご苦労を生かして、事業と統合することによるシナジー効果を高めてほしいです。そこからさまざまなところとの連携が派生すると考えています。自然資本という目線で捉えたとき、バリューチェーンの上流から下流まで、どこかにきっと、タッグを組める先があると思われます。
こうした背景から私たちは、「ネイチャーポジティブ経営は、企業にとってのサバイバル戦略」だとお伝えしています。自然がどんどん毀損し、生物多様性を喪失することは、国際的な課題ですが、そこに取り組んでいくことは健全な資源を確保する、まさにサバイバルの話だと思うのです。
——消費者に対する取組みについてはいかがですか。
永田 大きなマクロ経済の話になると、一般消費者はなかなかピンとこないかもしれませんが、だからこそ、日用品や食料などもネイチャーポジティブなものを手に取ってもらいやすい市場構造にしていきたいです。
そのために今は、消費者にも意識を変えていただくためのマーケティング分析を行っています。50年後も社会全体が幸せであることを願っている人はたくさんいるので、潜在的にそういったお考えの消費者に向けた商品開発をしている企業と一緒に取り組もうとしています。
——最後に、ネイチャーポジティブ経済移行が大きく進むために必要な要素について、お聞かせください。
永田 気候変動に対する取組みを振り返ってみると、社会的なパラダイムシフトが起きたのは、ここ10年くらいです。当初は半信半疑の方も少なくなかったと思います。それが科学的に疑う余地がないと立証されたタイミングで、企業によるコミットが指数関数的に伸びはじめました。気候変動に関して「遅れてはならない」という構造に転換したのだと思います。
その仕掛けとして、温室効果ガス排出量算定や報告制度をベースに、GXのような経済的視点でメリットが明らかになったり、企業CMなどによって、多くの人が気候変動に関する言葉や概念に慣れていった流れがありました。
ネイチャーポジティブ経済においても同様の流れが作れることに期待しています。まずは自然資本が人間活動によって毀損されている事実を疑わず、認識することからです。これは、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)という政府間組織も明示していることですし、世界経済フォーラムのような団体が注目しはじめていることでも明確です。
あとは企業のコミット数の増加と、経済的に伸びる要素であるという実感が整えば、一気に変容が起きるのではないかと思います。そのために私たち環境省も、ネイチャーポジティブ経済が多くの方々にとって新しく、大きな可能性のあるビジネスチャンスだということを、積極的に発信していきたいです。

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