Green&Circular 脱炭素ソリューション

コラム

最終更新:2024.02.15

公平を実現する、日本企業の進化に期待したい。江守正多さんに聞く、COP28の争点と、私たちにできること

2023年12月に閉会したCOP28(国連気候変動枠組条約締約国会議)では、化石燃料から再生可能エネルギー等へ移行する世界的な姿勢が示されました。またパリ協定の長期目標である世界の気温上昇を1.5℃未満に抑えるための取り組みは、次の10年後に向けた新たな目標設定を各国で検討する段階となりました。
こうした合意内容について、果たして気候変動の専門家はどう評価しているのでしょうか。そして私たちビジネスパーソンも、来るべき未来をどう捉えたらいいのか。IPCC評価報告書の主執筆者である東京大学未来ビジョン研究センター教授、江守正多さんにうかがいます。

評価分かれる、1.5℃目標の成果

――江守さんは、何がCOP28の争点だとお考えでしたか。
江守 今回、気温上昇を産業革命以前に比べて1.5℃未満に抑える取り組みを評価する、グローバル・ストックテイクが初めての完結を迎えました。パリ協定では、京都議定書と違って国ごとの目標が割り当てられていたわけではありません。全体の目標だけが2℃よりも十分低く、最低でも1.5℃まで、と決められており、各国は自主目標を定めて対策に取り組みます。5年ごとに、各国の自主目標の総和が全体の目標と合っているかを評価しましょう、と決めたプロセスの初回が先日のCOP28でした。
しかしそのもっと以前から、IPCCやUNEP(国連環境計画)の報告書では、各国の自主目標を全て達成できても1.5℃目標には全く届かないと示していたわけです。関心のある人はみんな知っていることでもありましたが、それがCOP28のグローバル・ストックテイクで各国代表に正式に突きつけられたということです。その上で今後の対策強化に向けて、どんな政治的メッセージが示されるのか。そこが最大の注目点だったのではないでしょうか。
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江守 正多(えもり せいた)
東京大学未来ビジョン研究センター教授(総合文化研究科 客員教授)、国立環境研究所地球システム領域上級主席研究員(社会対話・協働推進室長)。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。国立環境研究所地球環境研究センター気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域副領域長等を経て、2022年より現職。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次・第6次評価報告書主執筆者。著書『異常気象と人類の選択』(角川SSC新書)、共著書『地球が暑くてクマってます。 シロクマが教えてくれた温暖化時代』(文響社)等、多数。
――専門家としてCOP28の内容をどのように評価されますか。
江守 非常に難しいですね。ひとつ、大きな展開として挙げられるのは、化石燃料に対する姿勢です。これまでCOP26での「石炭火力発電の段階的削減」に止まっていたことが、COP28では産油国が議長国であるにも関わらず、化石燃料全体に言及されました。これについて、少なくとも止める方向性を明示したという意味で、大きな前進だと評価する声もある一方、「エネルギーシステム上での」という限定表現や、「トランジションアウェイ」という解釈が不明瞭な言及であることを評価できない、という声もあります。いずれもその通りなので、どう評価すべきか、難しいところです。

原因に責任のない途上国と、将来世代に向けて

江守 COP28の会期中、世界の二酸化炭素(CO2)収支をまとめた最新の「グローバルカーボンバジェット」というレポートが発表されました。これを見ると、再生可能エネルギーがすごい勢いで増えていることがわかります。その分、先進国では化石燃料の消費が減り始めています。一方で、途上国や新興国では、エネルギー需要の増加の方が再生可能エネルギーの増加を上回っている。つまり、経済発展を目指す段階にある場合、まだ再生可能エネルギーだけで発展できるようにはなっていないわけです。
ここから言えることは、化石燃料の消費は減らさなくてはいけないので、エネルギーの需要の伸びを抑えることができればそうした方がいいし、同時に、再生可能エネルギーの導入がまだまだ全然足りない、ということでしょう。
この状態で、産油国に対して「石油を売るな」と言っても、それは現実的ではありません。こうしたデータからも、COP28の評価は難しいと感じています。
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――途上国の発展に必要なものは何でしょうか。
江守 再生可能エネルギー中心の発展という意味で、途上国はまだ資金的にも技術的にも本当に足りていないのだと思います。そもそも先進国が途上国に提供すべき資金には3つの大事な分野があって、まずは「緩和」です。これは脱炭素化の支援として、再生可能エネルギーや電気自動車の導入を助けること。それから「適応」。これは防災インフラなど気候変動への備えをサポートすることです。そして3つ目が、COP28の初日に採択された「損失と損害」、ロス&ダメージと呼ばれることです。これは起きてしまった気候変動によって、原因に責任のない国が受けた損害に対する、はっきり言うと「補償」です(先進国は補償という考え方は認めていませんが)。
ただ、必要な金額としてまだまだ足りていないことは明らかだと言えます。先進国も資金的な支援が簡単ではないのだと思いますが、しかしこのまま助けが不足した状態で途上国の温暖化被害が進むとしたら、それはあまりにもひどいことじゃないですか。同じ考え方は、途上国だけでなく、将来世代に対しても言えることです。欧州では若い世代が国を提訴するケースも起きていますが、気候変動の原因にほとんど無関係な途上国や将来世代が、大きく原因を生み出した先進国の現代世代に対して責任を求めることは、ある意味当然のことだとも思いますね。

ティッピングポイント直前。地球の現状

――改めて、温暖化の現状を教えていただけますか。
江守 2021年に公表されたIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change 気候変動に関する政府間パネル)の報告書では、産業革命前に近い1850年~1900年の平均気温を基準として、2011年~2020年の世界平均気温が1.1℃上昇したと報告されていました。そこからさらに時間がたっており、おそらく今は1.3度近くまで上昇したと考えられます。特に2023年は世界中で記録的な高温になり、1年平均でいえば、産業革命前から1.45℃の上昇と言われました。単年だけでは変動の上振れを見ているわけですが、いずれにしてもあと10年もすれば、平均的にも産業革命前から1.5℃の上昇に到達してしまうところまできています。
平均気温が1.5℃上昇すると「ティッピングポイント」と言われる臨界点を超え、大規模かつ急激で不可逆的な変化が引き起こされる可能性が、多くの論文などで指摘されてきました。具体的には、グリーンランド氷床や西南極氷床の崩壊、永久凍土の広い範囲での融解、熱帯サンゴ礁の死滅などで、非常に近いところまできていると言えるでしょう。
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――1.5℃目標の次策はオーバーシュート、と言われていることはいかがですか。
江守 オーバーシュートとは、いったん1.5℃以上に上昇した後で、人為的にCO2を吸収し地中に封じ込めることで、無理矢理にでも1.5℃まで下げるという考え方です。CO2除去を目的とした巨大産業が成立する必要があり、当然相当なエネルギーもコストもかかります。オーバーシュートできるからCO2の削減対策はほどほどでいい、という考え方はまずいと思いますね。
基本はやはり、太陽光、風力、バッテリーの急速な普及じゃないでしょうか。いかに大規模に、しかし低コスト且つ環境負荷も少なく、地域に問題を起こすことなく、希少資源をなるべく使わずに増やせるかどうか。こうした点こそ、脱炭素政策の技術的なトランスフォーメーションを進めるための「幹」となる部分でしょう。
その上で例えば、太陽光ならシリコン製ではなくペロブスカイト型など、次世代太陽光発電の実用化、風力であれば、浮体式の洋上風力が日本の近海で、日本企業が低コストで実現できること、あるいは希少金属を使わない次世代型のバッテリーがいつ普及するか。個人的にはそういったところに一番興味を持っています。
――日本企業にがんばっていただきたいところでもありますね。
江守 そうですね、海外ではペロブスカイトも商用生産が始まっているそうなので、日本でも時間の問題だと期待したいです。
あと、技術そのものではありませんが、太陽光を増やしていく上で、田畑の上で発電する「ソーラーシェアリング」にはポテンシャルがあるのではないでしょうか。営農型太陽光発電とも呼ばれるもので、もちろん農業の担い手を増やすことなども同時に考えていく必要はありますが、現状、農地転用などの複雑な規制が課題に挙げられています。制度の改革もまた、イノベーションを起こす時には必要なことだと思います。

個人にできる実践的なアクション

――それでは私たち個々人にできることは何か。江守さんのお考えを教えていただけますか。
江守 気候変動にどのくらい関心を寄せているか、どのくらい自分のリソースを割けるかによって、さまざまではありますよね。ものすごくコミットできる人は、環境NGOで活動するとか、気候テックのスタートアップを起こすとか、政策立案側に回るのも良いでしょう。一方、そこまではできないけど、でもこの時代を生きる個人としてなんらかを示したい、と考える方も多いと思います。そういう方にお願いしたいのは、気候変動対策を進めるための政策に賛成してください、ということです。政策というと難しく取られるかもしれませんが、少なくとも、温暖化を止めるためのルールを作らなくちゃいけないという考え自体には賛成していて欲しい、という意味です。
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一例として、2022年に制定された「改正建築物省エネ法」という法律をご存知でしょうか。この法律により、2025年以降に新築される住宅の断熱基準が義務化されることになりました。断熱性能が良くなることは、インフラとしてエネルギー消費が少なくなりますので、気候変動対策にとって非常に本質的な前進です。この義務化は、ずっと求められていたのですが、遅れを取っていました。しかし声を上げた省エネ建築の専門家に対して、市民が共鳴したことで、大きな変化に繋がったんです。法律になれば、社会全体が変わることを意味しますので、個人ができることとして、政策の支持は非常に効果的なことがわかってもらえると思います。
また最近の日本企業は、脱炭素化に取り組むことが当然になってきましたが、金融やサプライチェーンなど、外圧的なものを感じながら担当している人もいるんじゃないかと想像しています。ぜひ担当者になったら、気候変動について深く知っていただきたいです。人類の文明にとってどれだけ重大な問題であり、将来世代あるいは原因に責任のない途上国に対してどれほど理不尽か。理解が深まることで、自社における担当業務として、脱炭素化に取り組む意義が腹落ちするはずです。
COPのパビリオンでも日本企業の技術力が注目されているそうですし、日本企業がソリューションを打ち出していけることは事実だと思います。一方で、業種によっては、脱炭素化に向けて畳んでいかなければならないレガシーの部分がまだ大きいと思います。ぜひ、早くソリューションの部分で大きく稼げるようになり、日本企業が脱炭素社会に向けて進化していくことを期待しています。

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