エッフェル塔や凱旋門等の有名な観光地があるだけでなく、1.5℃目標が示されたパリ協定が採択された場所としても知られているフランス。ヨーロッパの一国として気候変動対策、脱炭素の動きを牽引していますが、その中でも大胆な規制や政策で世界からも注目を集めています。フランスがカーボンニュートラル実現に向けどのような目標を掲げ、実際にどのような取組みをしているのかを解説します。
「パリ協定」開催地フランスと脱炭素戦略
フランスの概要
ヨーロッパ西部に位置するフランス共和国は、世界7位のGDPを誇り、西欧最大の規模の農業や自動車産業、宇宙・航空産業、原子力産業等の先端産業が特徴的です。国力はさることながら、国連常任理事国としての国連での立場も、フランスを世界的に影響力のある国にしているといえます。
例えば、2015年に首都パリで開催された「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」では、気候変動に関する目標や取組みを定めた「
パリ協定」が採択されました。COP史上初、196の加盟国がすべて参加した協定となり、「気温上昇を産業革命前に比べて1.5℃に抑える」を目標に掲げた事で、世界中がカーボンニュートラルの実現に向け乗り出したきっかけとなりました。
しかし、「パリ協定」を知っていても、開催国・加盟国であるフランスではどのような取組みを行っているか知らない、という方も少なくないでしょう。「フランス2030」という戦略や気候変動や循環経済に関する法規制を中心にご紹介します。
脱炭素化への国家投資計画「フランス2030」とは?
「フランス2030」は、540億ユーロの大規模な投資計画であり、エネルギー、デジタル、健康、農業といった幅広い分野で、経済成長と脱炭素の促進を目指しています。この計画は、2020年にフランス政府が施行した経済復興の政策「フランス・ルランス(France Relance)」を継承するものとして2021年に打ち出されました。
「よりよく生産する」、「よりよく暮らす」、「よりよく世界を理解する」という3つの目標を掲げ、企業や生活者にとって持続可能で創造的な未来を目指していますが、更に細かい戦略分野を定め10の目標を設定しています。例えば、再エネを含め、水素や原子力等のエネルギーの技術開発を支援、製造業とモビリティのセクターでの脱炭素化の推進があります。他にも医療機器・医薬品や航空機の国内生産、クリエイティブで文化的なコンテンツの制作等、フランス政府は幅広い分野において投資を行っています。
加えて、それぞれの戦略分野の目標を達成するために業界や分野をまたいだ6つの目標も存在しています。例えば、原材料や部品の確保、人材育成、デジタル技術の熟達、イノベーション、研究、高等教育におけるエコシステムの整備等が挙げられます。また、スタートアップ企業の設立、育成、産業化を支援にも力を注いでおり、その中でパリにある「StationF」は世界最大級のスタートキャンパスとして世界中から注目を浴びています。起業家や投資家のコミュニティを活性化する事で、フランスのスタートアップをますます加速させる事が期待されています。
フランスは、すでに約300億ユーロを3,500件以上のプロジェクトに投じており、計画全体の540億ユーロのうち50%を経済の脱炭素化、残りの50%を環境負荷をかけないイノベーションやスタートアップ企業に投資する計画です。この投資を通じてグローバル市場での価値を高め、基幹分野でリーダーとしての地位を確立する事を目指しています。そして、この「フランス2030」を後押しする形で、サステナビリティに関するさまざまな政策や規制が整備されています。
フランスのカーボンニュートラルに向けた政策や規制、技術開発
気候変動対策・レジリエンス強化法の影響
フランスでは気候政策の策定において、市民の意見を反映させる事が重視されています。2021年に採択された「気候変動対策・レジリエンス強化法」も、炭素税の引き上げ計画が市民の抗議運動に発展した過去を踏まえ、低所得層への配慮がなされた政策として策定されました。温室効果ガスの排出量削減を目指し、市民の生活に直結する規制や政策が多いのが特徴です。
例えば、食品をはじめとし、衣類等も製品・サービス消費による環境負荷を表示する「エコスコア」の導入が進んでいます。生活者が環境負荷の小さい製品・サービスを選択するように消費行動が変容していけば、企業もより削減に力を入れるため、サプライチェーン全体で温室効果ガスの削減を推進する事ができます。
また、交通に関する規制や施策も施行されています。フランスでは、ガソリン車の新車販売を禁止するだけでなく、2040年までにフランス全土でガソリン車及びディーゼル車の販売を完全に廃止する事を目指しています。
その他、気候変動対策・レジリエンス強化法とは異なりますが、移動に関する施策も進められています。誰もが徒歩または自転車で15分で仕事、学校、買い物、公園等あらゆる街の機能にアクセスできる「15分都市圏」の提唱により、約5万箇所の駐車場が撤去され、1,300キロメートル以上の自転車専用レーンが整備されました。こうした自動車依存の脱却を図った積極的な都市の大規模な再開発により、2011年以降、大気汚染は40%減少したという成果が報告されています。歩行者が多いという都市の特性に合わせた取組みにより、多くの歩行者の快適さや安全が確保される事につながるという重要なメリットも生まれています。
このように、フランスの気候政策は、一般市民や専門家からのフィードバックを受け入れ、より包括的なアプローチを取る事が期待されています。この気候変動対策・レジリエンス強化法はその第一歩となった政策でもあり、国家の方針に市民の意見を反映させる仕組み・土台が出来上がっている事が分かります。
循環経済法が変える消費のあり方
大量生産・大量消費・大量廃棄を脱却すべく、2020年施行された法案「循環経済法」は5つの柱にもとづき、循環型の経済と社会の構築を目指しています。特にプラスチックに関する条約が多く、2025年までにプラスチックのリサイクル率100%を目指し、それに伴いプラスチック包装や使い捨てプラスチックを削減または利用を禁止する大胆な規定を設けています。
循環経済法の5つの柱
①使い捨てプラスチックからの脱却
②消費者への情報提供
③廃棄物対策及び社会への還元
④製品の長寿化
⑤環境負荷を抑えた生産
法案は禁止を突きつけるだけではなく、きちんと生活者の消費行動の変容を促すインセンティブを用意する事で、国として循環経済を実現できるように導いています。2022年に家庭用電化製品の修理に補助金制度が適用され、2023年にフランスでファッション分野のサーキュラーエコノミーを推進するのNGO「Refashion」運営のもと服や靴のお直しに対し補助金を支給するという仕組みが確立しました。
制度は廃棄の削減につながり、衣類や製品の長寿化や修理業界の雇用創出に貢献できるため、政府関係者も修理に関わる人々に制度を活用するように促しています。法の施行は、環境・社会・経済をよりよいものへと進化させ、フランスの人々の生活を豊かにしているといえるでしょう。
世界の気候変動対策を牽引する先進事例
カーボンニュートラル先進事例①:サステナブルなスポーツの祭典を開催
2024年には、パリでスポーツの国際大会が開催されました。パリ市長を筆頭にパリはサステナブルな大会の実現に向け、街全体を競技会場にし、施設の95%を既存の会場または一時的な仮設インフラでまかない、イベント関連のCO2排出量測定等、多くの取組みを行いました。世界規模のスポーツの祭典をサステナブルにする上で課題は残ったものの、さまざまなアイデアが詰まった大会となりました。
カーボンニュートラル先進事例②:ミシュラン
世界的に知られているフランスのタイヤメーカー「ミシュラン」は、提供するトラックの走行距離に応じて、タイヤの利用料を支払うというB to B型サブスクリプション「マイレージ・チャージプログラム」を開始しています。これは、製品が提供するサービス(機能)をユーザーに継続的に販売するという「PaaS(Product as a Service)」というモデルに倣っています。
更に、ミシュランはタイヤそのものではなく、走行距離という形でのタイヤのサービスを販売する事で、タイヤの所有権を自社に残しています。そうする事で使用後のタイヤを回収してリトレッドタイヤとして再生し、次の顧客に提供が可能となります。
このモデルにより、ミシュランは、廃タイヤ活用率90%以上を達成しており、顧客の走行データ等のビッグデータも取得するため、顧客ロイヤリティの向上も期待できます。多様化、加速化している「PaaS」モデルによってビジネスそのものの転換を図った先進事例になります。
カーボンニュートラル先進事例③:BNPパリバ銀行
パリに本社をおく国際的な金融機関の一つ、BNPパリバ銀行は、カーボンクレジットの国際決済プラットフォーム「Carbonplace」の創立に参画し、カーボン市場での革新的な取組みを推進しています。このプラットフォームは、ブロックチェーンを利用し、炭素クレジットの取引をより透明かつ効率的に行えるようにするもので、企業がカーボンフットプリント削減に貢献できる環境を整備しています。
また、BNPパリバ銀行は再生可能エネルギーやグリーンファイナンスの提供を拡大し、持続可能なプロジェクトへの資金提供を積極的に進めています。2023年9月時点での再生可能エネルギーへの投資総額は320億ユーロ、さらに2030年までに400億ユーロに引き上げる目標としています。グリーンローン、グリーンボンド、低炭素技術への融資により、2025年までに低炭素経済への移行に2,000億ユーロ以上を投じることを約束しています。これらにより、企業や投資家が持続可能な経済への移行を支援する仕組みを強化しています。
カーボンニュートラル社会実現のために
フランスの今後のカーボンニュートラルに向けた取り組み
未来のカーボンニュートラル社会の実現に向けて、フランスはサーキュラーエコノミーやグリーンファイナンスの促進を着実に進めていくと見られています。一方で、欧州の軍事的緊張や経済課題が、サステナビリティ推進に影響を与える懸念があります。
しかしながら、化石燃料産業からの脱炭素化や持続可能性の高いスタートアップへの投資転換により、経済の脱炭素化、持続可能な産業構造への変革が進むとともに、グリーンテクノロジーの実用普及が促進されます。また、エネルギー供給の不安定さやコストの上昇は、再生可能エネルギーへのシフトを加速させる要因になりえます。
引き続き、国際情勢による環境への影響や資金の流れが、フランスの持続可能な開発目標にどのように寄与するか注目です。
フランスに学ぶ、日本の次なる革新のヒント
フランスの「気候変動対策・レジリエンス強化法」のように、市民が政策形成に直接関与する仕組みは、多様な声を取り入れながら包括的にサステナビリティ政策を進める上で重要な役割を果たします。加えて、フランスのように政策や規制をどの国よりも早く「まずは掲げる・宣言する」という姿勢を持つ事によって、持続可能な社会の仕組みが築かれ、市民が環境政策の重要なステークホルダーという意識を醸成する事ができるのではないでしょうか。日本でも、一人ひとりが環境問題に直面する当事者意識を持ち、時には国単位で思い切ったアクションを取る事が、革新的な未来を実現する上で求められるでしょう。
参考
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