サステナブルツーリズムで地域が輝く。日本を観光立国へ導く取り組み - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

コラム

最終更新:2024.09.24

サステナブルツーリズムで地域が輝く。日本を観光立国へ導く取り組み

サステナブルツーリズム、つまり持続可能な観光は、地域社会の発展、環境保全、観光客の満足度を追求する新たな観光の形です。近年注目を集めるサステナブルツーリズムについて、日本政府観光局(JNTO)に、その意義や具体的な取り組みについて伺いました。

アメリカの旅行誌が実施した「世界で最も魅力的な国」の読者投票で、2023年堂々の1位に輝いたニッポン。ポストコロナと世界的円安も手伝い、訪日観光客数が著しく増加しています。反面、観光地の自然環境や地域住民の生活に悪影響を及ぼすオーバーツーリズムが問題になることも。解決に向けたキーワードとして期待されているのが環境・文化・経済の持続可能性をめざす、サステナブルツーリズムです。今回は観光庁所管の日本政府観光局(JNTO)の冨岡さん、田浦さん、丸山さんに、日本が目指すサステナブルツーリズムの現状と展望をお伺いしました。

日本の豊かな自然と文化がもつ「根源的な価値」

――日本政府観光局(以下、JNTO)の設立背景や事業内容について教えてください。
冨岡 JNTOは、海外からの観光客を誘致するために日本をPRすることをミッションとして、1964年に設立された独立行政法人です。インバウンド観光の発展・拡大を通じた、国民経済の発展や地域の活性化、 国際的な相互理解の促進、日本のブランド力向上を目指しています。
世界の26都市に海外事務所を有し、訪日市場の動向分析や統計調査に基づいたプロモーション活動、あるいは国際会議の誘致・開催支援など、外国人旅行者に日本に来ていただくための誘致活動を行っています。
国内では地域の自治体やDMO(*)等と連携し、日本のさまざまな地方の食、歴史、文化、アクティビティなど魅力ある観光コンテンツの発掘や磨き上げによってその地方を訪れる人が増えるようサポートも行っています。
*DMO(Destination Management/Marketing Organization)は、「観光地域づくり法人」とも呼ばれ、地域の観光資源を活用し、地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに、地域への誇りと愛着を醸成する役割を担う法人のこと。
JNTO冨岡氏、田浦氏、丸山氏
冨岡 秀樹(とみおか ひでき):左
日本政府観光局 企画総室 担当部長
1989年に国際観光振興会(現:日本政府観光局)に入会。一貫してインバウンド観光促進に従事。ロサンゼルス、バンコク事務所次長、シンガポール、ロンドン、ジャカルタ、ローマ事務所長を歴任。本部では事業連携推進部長、調査・コンサルティング担当部長、MICE市場戦略担当部長、海外プロモーション部市場統括担当部長などを務め、2024年4月から現職でJNTO全体の戦略策定やビジットジャパン事業の総括を担当。コロナ禍で一時ストップした海外からの訪日外国人のインバウンドビジネスの再開・拡大に努めている。
田浦 靖典(たうら やすのり):右
日本政府観光局 企画総室 事業・プロモーション統括グループ マネージャー
前職を経て2017年1月に日本政府観光局(JNTO)に入構。市場横断プロモーション部 市場横断グループにて高付加価値旅行やクルーズ誘致等を担当。2019年にバンコク事務所に赴任、2022年には海外プロモーション部 欧米豪・中東グループに配属となり海外プロモーション業務に従事。2023年9月より、企画総室 事業・プロモーション統括グループにてJNTO全体の戦略策定、部署横断事業の推進等に従事。
丸山 彩佳(まるやま あやか):中
日本政府観光局 企画総室 事業・プロモーション統括グループ アシスタント・マネージャー
2018年4月にバリューマネジメント株式会社に入社。マーケティング部にて、歴史的価値の高い建造物・文化財を利活用した分散型ホテルや結婚式場のプロモーションに従事。2023年1月より、日本政府観光局(JNTO)に出向。企画総室 事業・プロモーション統括グループにてJNTO事業全体のプロモーションの取りまとめや、部署横断のサステナブル・ツーリズム推進本部事務局を担当。
――最近は、個人を中心にインバウンドが大変増えていると思うのですが、その要因についてはどうお考えですか。
冨岡  実はパンデミックの前も訪日旅行者数は高い伸び率を示しており、年間約3,188万人が日本に来ていただいていました。新型コロナウィルスのパンデミックが解消した現在は、V字回復中です。
その背景には、日本の文化や魅力を伝えるメディアや媒体が増えたことに加えて、観光に来られた方が旅行中にSNSで発信したり、帰国後に日本の良さを口コミで伝えてくださったりなどがあると思います。日本は旅行で行って楽しい国だと知られてきた実感があり、私たちが行っている事業も貢献できているのではないかと思っています。
インタビュー風景(冨岡氏)
――「サステナブルツーリズム」について、教えていただけますか。
田浦 UNツーリズム(国連世界観光機関)は、サステナブルツーリズムを「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義しています。旅行者と、観光に携わる事業者の方々、そして受け入れ地域の三方良しという観光の姿を目指すものです。
世界的に、環境意識のみならず、地域に入り込んだ地元の人との交流や、地域に根付いている文化や伝統を尊重して理解を深めるための体験といったニーズが高まっています。国際的な目標であるSDGsのもと、観光を推進する世界的な機運の醸成と、それに伴う旅行者の意識変革の両方が、サステナブルツーリズムの大きな潮流を生んでいると感じています。
――JNTOがサステナブルツーリズムで目指したい指標はあるのでしょうか。
田浦 JNTOでは、政府による観光立国推進基本計画のもと、持続可能な観光・消費額拡大・地方誘客促進の実現にむけたプロモーション戦略を策定しております。サステナブルツーリズムも重要な前提として位置付けており、日本の独自性の根源である自然環境と、それによって育まれてきた豊かな文化、この2つこそが日本のサステナブルツーリズムの提供価値であるとし、世界にそのストーリーを伝える取組みを進めています。届けたい相手は、地域に根差した本物の体験を求めていて、地域住民に配慮しながら体験し、日本にポジティブな影響をもたらしたい旅行者の方々ですね。
地域の本物の体験を求めている旅行者は増えてきており、旅行の中でサステナブルな選択肢を選びたいというニーズが高まってきた実感があります。また地域側の視点でも、地域としての持続的な観光受け入れへのニーズは高まっており、双方のニーズの高まりに対応した取り組みを進めていきたいと考えています。
丸山 サステナブルツーリズムはいわばその地域の本質であり、日本に来たからこそ叶う楽しい体験が、旅行者の満足度に繋がっていると思っています。昨今、全国各地で外国人旅行者を見かけることが増えましたが、満足度の高まりが広がっている証拠かと思います。旅行者は「サステナブル」であることを旅の第一目的としているわけではありません。そして、地域に根差した本物の体験が旅の魅力となります。そこにサステナブルな選択を旅行者に提供することで、結果的に地域の持続可能性に繋げていくことができると考えています。
インタビュー風景(丸山氏)

官民連携で共創する「本物の旅、本物の体験」

――旅行者や地域に向けた、プロモーションや情報提供の具体的施策についても教えてください。
田浦  観光庁では、日本の各地域による持続可能な観光地域マネジメントを促進するために、サステナブルツーリズムに関する国際認証の取得や、国際基準に準拠した「日本版持続可能な観光ガイドライン」の取り組みを進めています。JNTOとしてもその取り組みに連動して、国際認証の取得やガイドラインに沿った取り組みを進めている地域の魅力を中心に、JNTOのウェブサイト・SNSでの情報掲載や、デジタルパンフレットの作成、海外メディアを招聘しての番組制作など、世界に向けた情報発信や、海外旅行会社の招請などを行っています。認証として参照しているのは、まず一つ目は持続的な観光のかたちを評価・認定する「グリーン・デスティネーションズ」という認証団体による評価です。これはUNツーリズムの指示のもと策定された国際基準に準拠しています。二つ目が、観光の強みを生かして地域の伝統・文化の保全に取り組む人口15,000人以下の小さな町村を評価・認定するUNツーリズム(国連世界観光機関)の「ベスト・ツーリズム・ビレッジ」です。
また、海外の旅行者向けに、地域にポジティブな影響を及ぼす「レスポンシブル・トラベラー(責任ある旅行者)」になろうというメッセージの発信や、国内外の先進事例の紹介等も行っています。
――そうした活動は、地域の方と一緒に行われているのですか。
田浦 そうですね。その地域がどうなりたいのか、何を課題としているのか、そこに行かなければ体験できないものは何なのか、という深いところをお伝えするためにも、地域の方々とのコミュニケーションは大切にしています。そこは、従来の観光プロモーションよりも重要になる点と言えます。
サステナブルツーリズムは、継続的な活動だと私たちは思っています。そこで海外の旅行会社に日本各地を視察していただいたりする際、海外からみた強みや改善すべき点などを地域の方としっかりとコミュニケーションできるよう、地域と海外の繋ぎ役として貢献できたらと考えています。
――地域の課題をサステナブルツーリズムで解決している具体的な事例を教えていただけますか。
丸山  持続可能な観光の国際認証を受賞した、愛媛県大洲市と、京都府美山町はJNTOの旅行者向けウェブサイトで紹介している地域のひとつです。いずれも自然と調和した伝統的な生活様式や歴史的な建物が残る地域で、 それらをどう守っていくのかが課題でした。多くの地域で人口減少と経済衰退が進んでいるなか、両地域の住民は、自分たちの大切な町がなくなることに危機感を覚え、サステナブルツーリズムに取り組んでいます。
愛媛県大洲市では、城下町に残る伝統的な家屋や町屋が次々と壊され、町のアイデンティティが崩れつつありました。そこで、行政と民間が連携し、観光での解決を図りました。観光コンテンツの開発と町づくりを進めた結果、歴史的な建物がホテルや店舗、飲食店として再生し、町の人も観光客も楽しめる場所となっています。 また、地域ならではの自然や文化を地元のガイドと体験できるプログラムや、観光客の宿泊料を大洲城の保全費に充てる取り組みも行われています。
京都府の美山町は茅葺屋根の景観が魅力的な地域です。町並みだけでなく、屋根を葺き替える職人の技術継承もふくめ、自分たちの大切な町を守るためにサステナブルツーリズムに取り組んでいます。茅葺き体験や郷土料理体験など、地元の生活や文化の魅力を深く体験できるプログラムが多数用意されています。観光は裾野が広い産業であり、認証を取得した地域では観光客による経済循環が生まれ、地域の環境や文化を守る発展的事例が多数生まれています。
これらの取り組みは10年後、100年後を見据えたものであり、認証を取ったからといってすぐに結果が出るわけではありません。しかし、住民が自分たちの町が世界に評価されることで、地域への誇りや気持ちが高まり、自信にも繋がって、観光客を受け入れる気運を醸成する大きなきっかけになると思います。
美山かやぶきの里
田浦  サステナブルツーリズムは、町と町、人と人とが繋がって、自分たちの町がどうありたいか、どんな課題があるかを見直すきっかけになっていると思います。正解は一つではなく、町の数だけ取り組みの形があると思っています。
――サステナブルツーリズムについて自治体や企業へのメッセージなどあればお聞かせください。
田浦 サステナブルツーリズムを通じて自分たちの町がどうありたいか、どのように観光の力を活用して持続していきたいかを、考えるきっかけにしてもらえたらと思っています。例えば、現在の認証制度や事例を見て、自分たちの地域が観光で解決したいことは何か、観光が与える影響をどうコントロールするかを地域で考えることが大事だと思います。
「たくさんの人が来ればいい」というだけではサステナブルではありません。観光のポイントは、評価や人気の高さといったポジティブな面を、どう地域の力に変えるかです。国の観光地域づくりで目指す姿は「住んでよし、訪れてよし」です。地域の方々が、自分たちの言葉で「いいところだよ」と胸を張って言えるような地域は、観光客からも評価されます。まずは、自分の地域を見つめていただくことが大事だと思います。
――訪日観光客の方にむけたメッセージもお願いいたします。
田浦   「日本でレスポンシブルに旅をするための10のアイデア」をJNTOのウェブサイトで掲載しています。内容は、日本の豊かな自然を称える、長く滞在して地元の人たちと深く交流する、オフシーズンに訪れて日本の新たな一面を見てみる、歴史的建造物に泊まる、伝統的な祭りや舞台芸術、その地域ならではの文化に触れる、海や山の幸を食べてみるなど、日本を深く楽しんでいただくためのメッセージです。
観光客の皆さまが津々浦々を訪れて、その地域でしか感じられない本物の魅力に触れたとき、旅は忘れられない価値を持つものとなり、それは地域にも大きな価値をもたらします。ぜひ日本をすみずみまで深く探検してください。
インタビュー風景(田浦氏)

地域主体で多様化する観光ニーズを持続可能に

――いろんな国の方の多様なニーズと地域とをマッチングするために心がけていることなどあれば教えてください。
田浦  国の観光立国推進基本計画では、持続可能な観光地域づくりが3つの柱の1つとして打ち出されています。観光は地域のマネジメント活動の一つですので、行政との両輪でやっていくことが大変重要だと思います。
「レスポンシブル・トラベラー」もその一環で、地域にとって持続可能な形で観光客を呼び込むことが重要です。観光客はまだ大都市や都市圏に集中していますが、来訪人数や消費額の向上だけでなく、地方の本質的な魅力を伝え、全国津々浦々、観光の恩恵が行き渡る地方誘客を目指しています。
――一方で、海外資本による日本の観光コンテンツへの投資も盛んになっている反面、それがサステナブルツーリズムとは対極にあるのではないかという懸念もあります。それを私たちはどのように考えていくべきなのでしょうか。
田浦  おっしゃるとおり、観光がもたらす恩恵は非常に大きいと思いますが、その分さまざまな影響もあり、各国がルールの策定に試行錯誤している時代になりました。地域の方が何を考え、何を理想としているのかを共に話し合っていくことが大事だと思っています。
丸山 観光客が来ても、その地域にお金が全く落ちず、地域が貧しくなるのは最も避けたいことです。これはコロナ前における反省点でもあったように思います。外資・日系に関わらず、地域に歩み寄っていただけると嬉しいです。その地域の行政や企業にしかできないこと、それぞれの役割があると思いますので、歩み寄って一体となれば、 地域としても日本全体としても、より良い取り組みになっていくと思っています。
田浦  多様なステークホルダーが知恵を出し合い、地域の社会と経済が好循環を生むプロセスや活動こそが、持続可能な観光地域づくりだと思います。それはやはり地域主体でやっていくことが最も重要ですので、私たちもそうした地域のお役に立ちたいと考えています。

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