プラスチックの現状課題に向き合う。IGES辰野美和さんに学ぶグローバルな視点 - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

ソリューション資源循環

最終更新:2024.03.14

プラスチックの現状課題に向き合う。IGES辰野美和さんに学ぶグローバルな視点

鼻にストローが刺さってしまったウミガメの写真をご存知でしょうか。胸が苦しくなるような写真をきっかけに、海洋汚染やマイクロプラスチックという社会課題に関心を寄せ始めた方も少なくないと思います。

同時に、プラスチックはあらゆる場面で暮らしを支えており、地球に暮らす誰もが無関係ではいられない存在です。私たちがマイボトルの使用やゴミの分別をする一方で、国際的にはどんな議論が進んでいるのでしょうか。またグローバルに展開するビジネスでは、この課題にどう向き合うべきなのでしょうか。

持続可能な開発のために地球規模で研究と実践を行う、公益財団法人 地球環境戦略研究機関(以下、IGES)のプログラムコーディネーター・辰野美和さんを訪ねて、プラスチックの現状課題と、持つべき視点についてお聞きしました。

人類を助けてきた素材・プラスチックの現在地

――プラスチックに関して、最も懸念すべきリスクはどんなことでしょうか。
辰野 プラスチックの問題は多岐に渡りますが、人間に対する直接的・喫緊のリスクを挙げるとしたら、やはり人体・健康に関わることでしょう。例えば都市部の他、富士山山頂付近の大気や、外科手術を受けた方の臓器からもマイクロプラスチックが検出されるなど、環境・人体におけるプラスチック汚染の報告は枚挙にいとまがなく、人々は生活のあらゆる場面で体内にプラスチックを取り込んでいます。ではプラスチックがなぜここまで深刻な問題となってしまったのか、その背景を整理してみたいと思います。
辰野 美和(たつの みわ)
辰野 美和(たつの みわ)
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)、持続可能な消費と生産領域 IGES-UNEP環境技術連携センター(CCET)プログラムコーディネーター。米国大学院にて修士号(国際環境政策)を取得後、外資系ビジネスコンサルティングや認証試験機関において、欧州をはじめとした各国の環境規制の遵守や、製品中に含有される有害物質の管理、環境に配慮した製品製造を支援する業務等に従事。現在はIGESにおいて、国連機関などと共にプラスチックを含む途上国の廃棄物管理や環境教育、国内のサーキュラーエコノミー推進に関する業務等に従事。
辰野 プラスチックは、1950年頃から世界で量産が活発化しましたが、当時は食べ物の長期保存や医療における衛生レベル等が今よりだいぶ低かった時代です。プラスチックは、こうした食・医療といった人間の「生存」に大きく関わる領域において大きく貢献し、生存確率を高めたいという生物としての根本的な欲求を満たす素材であったとも言えます。更に、移動・通信・住居、その他様々な分野において高度な利便性を提供してきましたが、他の素材と比較しても突出して人間の欲求を広範囲に満たす特徴をもつことが、プラスチック汚染の根本要因のひとつかもしれません。しかしその利便性故に世界中で需要が激増。供給量が増すに従い安価となり、その結果、世界中で使い捨てが可能となるほどになりました。
近年、プラスチックがもたらす弊害が認識されてきたとはいえ、ある市場予測は、原料である樹脂の世界市場が、2030年までに年平均成長率が5%を超えると予測しています。いわば、プラスチックの製造・使用に対してブレーキとアクセルが同時に踏まれている状態です。

増えていく世界のプラスチック規制

――地域や国のプラスチック規制は、どんな状況でしょうか。
辰野 現在国際的な交渉が重ねられているものとして、「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)」(以下、国際プラスチック条約)があります。プラスチックの課題について国際的に取り組む必要性は多くの国で共有されているものの、産油国は、ポリマーの製造・使用などプラスチック産業の上流に関する規制には強烈に反対しています。一方、自国におけるプラスチック産業がそれほど盛んではなく、プラスチックによる被害が甚大な地域、例えば島嶼国、アフリカ、南米などは世界一律の比較的厳しい規制の導入に賛成しています。
プラスチックには約1万種類もの化学物質が使用されており、国際プラスチック条約策定の議論においても論点の一つになっています。特に、人体への影響が懸念される化学物質については、食品が直接触れるプラスチック製品・素材や、幼児用玩具に含まれる有害化学物質の規制が進んでいます。
例を挙げると、近年フタル酸エステル類という添加剤を規制する国が増えています。これは樹脂に柔軟性を出す可塑剤で、多くの種類の樹脂に対応するため、世界中で重宝されてきました。赤ちゃん用哺乳瓶の口の部分などにも使用されていたことがありますが、柔らかなプラスチックになると製品によっては50〜60%など高い比率で使われており、唾液と反応して体内に入ってしまう懸念を示す報告も出てきました。そのためフタル酸エステル類はEUの化学物質管理規則であるREACH(リーチ)規則、玩具安全性指令、電気・電子機器中の有害物質を制限するRoHS(ローズ)指令などで規制が定められました。日本でもこれらの規制への対応に関して、影響を受けた企業は多いと思います。
有害化学物質が規制されることは喜ばしいことですが、一方で企業の負担は大きくなっていきます。製品に規制物質を含有させないのはもちろんのこと、またその事実を証明し、上流から下流までサプライチェーン全体で物質情報に関する“壮大な伝言ゲーム”をしなくてはいけません。このコンプライアンス負担は大きいはずです。
化学物質を含め、プラスチックに関して国際条約や各国の規制が乱立しているため、いかにこれらの整合性を取り、政府・企業などが対応しやすくするか、という点も議論の一つになっています。

本当にイノベーションが生まれる政策とは

辰野 化学物質を含め、プラスチックに関する規制については、地域や国により規制の内容や厳しさにかなり濃淡があります。特にEUにおいては、意図的に厳しいルールを敷いているとも言えます。
EUはここ数十年国際的な経済的地位・産業基盤の弱体化に深刻な危機感を持っており、グローバル化が進む現代において、世界に先駆けて厳しい規制を出すことで、自らのルールを世界標準にし、国際市場での優位性を獲得しようとしています。特に2019年に欧州委員会の委員長がフォン・デア・ライエン氏になってからは、この動きが顕著になったという印象です。サステナビリティを前面に掲げつつ、野心的な経済・産業成長戦略を織り込んでいます。
――日本政府のプラスチック汚染に関する規制はどんな状況ですか。
辰野 EUでは、プラスチック政策のベースとして、1)排出量削減、2)再利用、3)リサイクル、4)廃棄という優先順位を設けています。一方日本は2022年から施行された「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」でも、排出量削減よりも、製造・利用したプラスチックの社会循環に重点が置かれているようにみえます。
この背景にあるのは、ひとつは国内の上流企業の強さが挙げられるかもしれません。これまで日本では機能性の高いプラスチックの開発に向け高い技術力を磨いてきましたし、資金力もある上流のメーカーが存在します。このような日本の産業状況を考えた時に、政府が二の足を踏んでしまっている可能性も考えられます。
先ほどお話した国際プラスチック条約の政府間交渉でも、プラスチックポリマーの生産制限が議論の俎上にあがっていますが、日本政府は世界一律の生産制限ではなく、国々の実情に応じてそれぞれの目標とやり方を定めるのが良い、という立場を取っています。
EUの場合、厳しい規制を敷くことで、逆に新しいイノベーションやスタートアップのビジネスが多く誕生しています。一方日本では、緩めの規制により既存のビジネスが守られることもある反面、革新的な技術やサービスを生みにくくしてしまい、プラスチックをはじめサステナビリティの分野で日本の国際競争力を下げてしまう要因になる可能性も考えられます。

「人に良いもの」へと変える、企業と消費者の関係性

――日本は2019年に「プラスチック資源循環戦略」を発表し、また「バイオプラスチック導入ロードマップ」を策定しています。
辰野 そうですね。「2030年までに最大200万トンのバイオマスプラスチック導入」という目標は、あと5〜6年しかないと考えると、相当野心的な目標だと思います。ただ、ここに対する投資や技術開発が進んでいることには期待したいところでもあります。
2022年に欧州委員会から提案され、2024年3月欧州理事会・議会が暫定合意した「包装および包装廃棄物規則案」の中に、バイオプラスチックに関する内容が追加されました。この規則案では、加盟国は達成すべき包装廃棄物のリサイクル率の計算おいて、生分解性包装廃棄物が好気性または嫌気性処理を経て得られた生成物が、リサイクル製品・材料・物質として使用される場合にのみ、リサイクルされたものとしてカウントすることを認めています。この規則案が正式に採択されれば、バイオプラスチック開発を進める日本の企業にとっては追い風になるのではないでしょうか。
EUには、各種経済活動をサステナブルかどうか分類する「タクソノミー規則」があります。この関連法の中でもプラスチックのリサイクルについて言及されており、EU内の法律とはいえ、グローバルにビジネスを行う日本企業にとっても重要な指針になります。EUの投資機関や金融機関は、タクソノミー規則に適合していない、あるいは情報開示が不十分な日本企業の株を、今後ポートフォリオから排除することも考えられるからです。
――国内企業は、消費者や社会からのプレッシャーと、自社のリソースやコストとのバランスが悩ましいですね。
辰野 プラスチックに限らず、そこは本当に難しい問題で、多くの企業が頭を悩ませているのではないかと思います。
一つの考え方としては、「売る」企業と「買う」消費者という二項対立にしないことも大事ではないでしょうか。消費者を「買うか買わないか」だけの存在としてみないことです。ある大手広告代理店の意識調査によれば、環境配慮をされた商品を買いたいと思っている人の割合は増えています。しかし、消費者は実際の購買において必ずしもその通りの行動を取る訳ではありません。現時点ではサステナビリティの分野における消費者の購買行動については、企業にとって確信が持てるレベルのデータが十分ないとも言えます。故に、企業もどこまでコストをかけて踏み切るべきか怖いところですよね。
そこで購買とは別の点で、消費者がもっている他のリソースを引き出すというのはどうでしょうか。高い代金は支払いたくないが、時間や手間、多少の不便さは引き受けるという人はいるでしょう。企業が、これまでの「対消費者」との関係について、視点を変えるということですね。
例えばオランダでは2018年にプラスチック・フリーのスーパーが誕生していますが、このようにEUの企業がサステナビリティを前面に押し出したビジネス展開がしやすくなっている理由のひとつには、消費者との間の意思疎通がうまくいっている点が挙げられるかもしれません。「サステナブルなものを手にするためには、多少の手間暇・不便さは惜しまない」という意思が企業に伝わっている。そうすると、企業も安心してそうした要望に沿った事業に踏み切ることができますよね。
EUや米国では消費者法などにより、サステナビリティに関する情報を入手することが消費者の「権利」として定められています。日本の消費者も、プラスチックを含めたサステナビリティのリテラシーを上げつつ、必要な情報の入手や企業・行政の対応を求めることは「権利」なのだというくらいの認識で意思表示してもよいのではないでしょうか。企業は、消費者の嗜好が今後そうした方向へ振れる可能性も見据えていくと、新たなビジネスチャンスが見えてくるかもしれません。

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