消費行動で人と地球を救う「フェアトレード」に感じる、未来への希望
私たちが日々の生活で何気なく消費している商品の背景には、児童労働や気候変動といった深刻な社会課題が潜んでいる可能性が多々あります。それらを解決する手法の一つとして近年急速に注目を集めているのがフェアな商取引=フェアトレード。
今回は日本でフェアトレードを推進する認定NPO法人「フェアトレード・ラベル・ジャパン」の北戸香那さんに、その活動内容や日本の現状についてお聞きしました。
キーワードは「経済」「環境」そして「社会」
―― フェアトレード・ラベル・ジャパンの活動について教えてください。
北戸 私たちフェアトレード・ラベル・ジャパンは、日本で国際フェアトレード認証ラベルの認証やライセンス、普及啓発事業を行う認定NPO法人で、昨年11月に設立30周年を迎えました。ドイツのボン市に本部があり、途上国を中心とする生産国と消費国が参画メンバーとなって、世界143か国に認証商品が流通するグローバルな取り組みの一員として活動しています。
北戸 香那
認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン 広報マネージャー
大学卒業後、総合PRエージェンシーにて文化複合施設、ホテル、外資系SNS企業など様々な業界のPRを担当。以前より生まれた場所や環境により機会が平等でないことに対し何かできることがないかと漠然と考える中でフェアトレードに興味を持ち、2021年からフェアトレード・ラベル・ジャパンにて広報を務める。
―― 国際フェアトレード認証の基準はどのような内容ですか。
北戸 フェアトレードの認証基準は主に、経済・環境・社会、この3つの側面から作られています。
国際フェアトレード基準
北戸 まず経済については、「最低価格の保証」と「プレミアムの支払い」という基準があります。例えば、ニューヨーク市場でカカオの価格が暴落した場合でも、持続可能な生産に必要なコストをもとに定めた最低価格を保証すること。また、この最低価格に上乗せして企業から資金を支払う仕組みが、プレミアムの支払いです。
フェアトレード認証を取得するには、農家個人としてではなく、生産地域で農家の人たちがまとまり、生産者組合として参加することを求めており、プレミアムの使途は医療や教育などの社会インフラ整備や品質向上の施策など組合で民主的に話し合って決められます。
大切にしていることは、具体的な資金の使いみちは生産者に決定権があるという価値観です。先進国側が良かれと思って資金援助を決めると、それが場合によっては先進国の都合になってしまうことがあります。現地の実情や問題を理解しているのは生産国の方々ですので、生産者の皆さん自身が、必要なものを地域で民主的に話し合い、資金使途を決定していくルールとなっています。
認証基準の二つ目の環境については、農薬の使用削減や管理、土壌、水源の保全、有機栽培の奨励など、地球環境に配慮して生産をしていくための基準です。
フェアトレードは気候変動にも密接に関係しています。気候変動の影響で、将来的に生産できなくなる可能性がある作物が存在するためです。例えば、アラビカ種というコーヒー豆は、2050年には栽培地の50%が減少することが報告書で指摘されているほか、バナナやカカオ、スパイスやゴマなど本当にたくさんの作物が、気候変動の影響で絶滅したり生産ができなくなったりする可能性があると言われています。
私たちはこれからも持続可能な生産が続くために、技術支援や生産支援を通じて、一緒に環境を守りながら、より良い生産ができるようなサポートをしています。
(C)Fairtrade, Fairpicture
北戸 もうひとつの認証基準、社会については、児童労働や強制労働の禁止、安全な労働環境、ジェンダーなどの差別禁止を定めた基準です。
現在、世界で7億人以上ともいわれる絶対的貧困層の存在に併せ、子どもの10人に1人、世界で1億6千万人以上の子どもたちが児童労働をしています。これは日本の総人口よりも多い数であり、SDGsで目標とする2025年までの児童労働ゼロという目標は達成困難だと言わざるを得ません。
またジェンダーによる賃金格差の問題も深刻です。コーヒーの栽培地では、女性の労働時間は家事を含めてとても長時間です。男性と同じぐらい栽培や収穫に関わっているのに、土地の所有権と販売権は男性が独占していることが多いため、その場合収入のほとんどが男性に渡ってしまう。そうしたさまざまな社会問題が複合的に重なっている現状を鑑み、それらを解決するための取り組みとして、フェアトレードが必要となってきます。
大手企業の参画で急速に拡大中
―― フェアトレードの市場規模や企業の具体例について教えていただけますか。
北戸 おかげさまで日本を含む世界のフェアトレード市場は拡大しています。日本では2022年に前年比24%と過去の推計史上最大の伸び率を記録したほか、2023年には年間市場規模は初めて200億円を突破しました。要因としては、10代で8割という若者世代の認知度の高さ、自治体・市民・企業が連携したフェアトレードタウンの取り組み、世界フェアトレード月間である5月に開催されるイベントやキャンペーンなどがあげられると考えています。
日本のフェアトレード市場
また企業の国内事例としては、大手スーパーのイオンが積極的にフェアトレードを導入してくださっています。2030年までには、プライベートブランドのコーヒーとカカオ原料のすべてをフェアトレードに転換することもコミットされています。影響力の大きい企業がこうした強い意志をもって大きな決断をしてくれたことは、とてもありがたいです。イオンがフェアトレードに取り組まれている理由は、お客様から「日常生活を国際貢献と結びつけるパイプ役になってほしい」というご意見があったからだそうで、顧客の声を聞く企業姿勢を実践されていると思います。
また羽田にあるホテルJALシティ羽田東京では、客室のアメニティやタオル、朝食メニューの食材まで、フェアトレード商品を使用するという「フェアトレードプラン」が導入されました。国内初の取り組みであり、ともすると都市部の意識が高い層だけで取り扱われがちのものを、こうして多くの人の目に留まり手に取ってもらえることは、とても大きな意味があると思います。
「奴隷労働品」輸入ワースト2位という事実
―― 市場の拡大は喜ばしい一方、課題となるのはどんなことでしょうか。
北戸 国内のフェアトレード市場は拡大傾向にあるものの、日本におけるフェアトレードの市場規模・200億円は、ドイツの約1/17です。日本人ひとり当たりの年間購入額にするとたった157円、これはスイスの約1/92であり、欧州と比べると大きく遅れを取っているというのが現状です。
日本と海外の市場規模と一人当たりのフェアトレードの差
北戸 この違いは、フェアトレードへの取組みが、企業のビジネス戦略やサステナビリティ計画にしっかりと組み込まれていることをはじめ、政府・国レベルでも、フェアトレードが課題解決の有効な手段として認められていたり、市民意識としても身近に感じていることが大きく影響していると思います。かたや日本はとても残念で不名誉なことに、奴隷労働品(児童労働を含む強制労働などが生産に関与した商品)をアメリカに次いで世界で2番目に多く輸入しています。しかしこの衝撃的な事実の背景には、それらが奴隷労働品の認識がないまま購入されているという現状があります。だからこそ私たちは、第三者機関としてサプライチェーン全般を監査、認証し、安心して購入してもらえる仕組みづくりに取り組んでいます。
―― 日本の企業がフェアトレードに取り組むメリットはどんなところですか。
北戸 フェアトレード認証を導入する場合、原材料の生産から製造まで、サプライチェーン全体に監査が入るため、全世界的に企業の社会的責任が求められる現状において、透明性の向上やリスク管理が強化される点などメリットと言えるでしょう。また、フェアトレードはSDGs17目標、全ての達成に貢献できるという研究結果も出ており、認証を受けた製品は企業にとって大変大きなメリットと言えるのではないでしょうか。
北戸 また採用にも有効だという企業の声も多数聞いています。どの企業も人材確保が難しくなると同時に、サステナブルな取り組みを求職者からも求められる傾向が強まっているからです。その意味でもフェアトレードに取り組むことは、企業価値の向上というメリットになります。
フェアトレードは原料が高いと思われるかもしれませんが、生産者がいなくなってしまったら商品自体を作ることもできなくなってしまいます。企業の方々にはぜひ、社会的背景も含めた長期的な視点で「持続可能な生産とは何か」と考えていただけたら嬉しいです。
フェアトレードは原料が高いと思われるかもしれませんが、生産者がいなくなってしまったら商品自体を作ることもできなくなってしまいます。企業の方々にはぜひ、社会的背景も含めた長期的な視点で「持続可能な生産とは何か」と考えていただけたら嬉しいです。
―― 消費者として、私たちはどんなことを意識するのがいいでしょうか。
北戸 私も消費者のひとりですが、日常生活全ての消費行動をサステナブルなものにするというのは現状すごく難しいですよね。だからこそ、お買い物の10回に1回でもフェアトレード商品を買うなど、身近なところでサステナブルな消費に変えてみることが結果的に大きなアクションに繋がると思っています。まずはできるところからチャレンジしていただけると嬉しいです。
また消費に限らず、フェアトレードとそうでないもの、社会的背景の違いを知らない人に伝えることも非常に重要なアクションです。エシカルコーディネーターのエバンズ亜莉沙さんが「消費者側にも知る権利がある」とおっしゃっていましたが、まさにその通りで、商品の作られた背景を知ることで消費行動が変わっていくからです。企業の皆さんにとっても、製造に関する情報発信をしてもらえることは重要だと思います。
(C)Angela Wu
オシャレで楽しく、でも真剣に
―― 最後にこれからの活動やビジョンについて教えてください。
北戸 規模は拡大しているとはいえ、日本ではまだフェアトレード商品のシェアは圧倒的に少ないのが現状です。学校の授業などで、フェアトレード=児童労働や強制労働をしてないこと、と教わることもあって、どうしても真面目に捉えられすぎてしまうことも多いですが、フェアトレード月間である5月のキャンペーンなどをうまく活かして、もっと楽しく気軽に社会貢献ができると伝えたいですね。「オシャレだな」とか「この味がおいしいから」と購入し、後から気づいたらフェアトレードだった、という気軽な取り入れ方ができることが理想です。多くの皆さんにフェアトレードを知ってもらい、生活の一部として取り組んでいただくことに注力していきたいです。
もちろん私たちだけでは限界があるので、多くの企業や農林水産省、JICAなど、団体の皆さんとも一緒に進めていくことで、より大きな広がりをつくりたいと思っています。
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