脱炭素につながる次世代燃料に先手。Galp社との連携で再生可能ディーゼル/SAF製造をスタート
GHG排出量が少なく、既存のディーゼル車や航空機にそのまま給油することができる、HVO(再生可能ディーゼル)やSAF(持続可能な航空燃料)。欧州にてそれら次世代燃料の製造に着手した三井物産のビジョンに迫ります。
いま、エネルギーの分野で注目を集めているのが、GHG(温室効果ガス)の削減に大きく貢献する「再生可能ディーゼル(HVO)」と「持続可能航空燃料(SAF)」です。三井物産では、ポルトガルのGalp(ガルプ)社との共同事業で、HVOとSAFの製造に取り組んでいます。HVO/SAFの製造方法や、Galp社と提携した理由と経緯について、エネルギーソリューション本部の常陸悠介室長補佐に話をうかがいました。
再生可能ディーゼル(HVO)の主な特長
──まず、再生可能ディーゼル(以下HVO)と呼ばれる燃料が、どのようなものかを教えてください。
常陸 HVO(Hydro-treated Vegetable Oil)とは、廃食油、動物油脂、植物油残渣などを原料としたディーゼル燃料代替の液体燃料のことです。主に廃棄物由来の原料で製造するため、石油由来のディーゼル燃料に比べるとGHG排出量の削減効果が非常に大きくなります。
常陸 悠介|ひたち ゆうすけ
三井物産 エネルギーソリューション本部 カーボンソリューション事業部 SAF室 室長補佐。2005年入社。産業エネルギー部・石油部(現・燃料部)にて産業用燃料油・船舶用燃料油のマーケティング業務に従事。その後英国修業生・シェールガス事業部・人事総務部(採用・人材育成担当)等を経て、2020年より現職。主に欧州における次世代燃料事業(HVOおよびSAF)の事業開発に従事
──HVOとバイオディーゼルとの違いを教えてください。
常陸 欧米では、従来型のバイオディーゼルをFAME(Fatty Acid Methyl Ester)と呼びますが、HVOとFAMEの原料は凡そ同じです。異なるのは製造方法で、HVOは水素化処理という工程を経ることで、石油由来のディーゼルと完全に置き換えることができます。一方、FAMEは品質の観点から、現行規制上最大でも7%までしか石油由来ディーゼルとの混入が認められていません。
出典:国土交通省 船舶におけるバイオ燃料取り扱いガイドライン
──HVOであれば、いま走っているディーゼル車にそのまま使うことができるということでしょうか。
常陸 そうです。ガソリンスタンド等の既存インフラも特段の追加投資なしでそのまま使うことができることもあり、欧米を中心に需要が伸びています。ちなみに、特別な措置を取ることなく、そのまま混合できる燃料のことをDrop-in燃料と呼んでいます。
石油由来に比べて80〜90%弱程度のGHG削減効果がある
──以前紹介したエタノール由来のSAFの場合は、石油由来の燃料に比べて60〜80%のGHGを削減できるとうかがいました。HVOのGHG削減効果はどの程度になるでしょうか。
出典:航空分野におけるCO2削減の取組状況 国土交通省 航空局 令和3年4月(2023年12月22日に参照)
常陸 使用する原料にも因るのですが、廃棄性の高い原料を使う場合、80〜90%弱程度の削減効果が期待できます。Galp社のシネシュ製油所での今回のプロジェクトは、HVOの場合で年産約25万トン、SAFであれば約20万トンの生産量となる予定で、本プロジェクトによるGHG削減量は年間約80万トンを見込んでいます。この数字は、原料の輸送時に発生するGHGなども含めたライフサイクルでの数値です。
ポルトガルのGalp社と取り組むHVO/SAF製造事業
──共同で事業を行うGalp社についてうかがいます。同社は、ポルトガルのリスボンに本社を置く、世界的なエネルギー企業だとうかがっています。
常陸 Galpはポルトガルの旧国営石油会社で、ポルトガル最大のエネルギー企業です。欧州企業の中でもエナジートランジション分野への取組みに積極的で、HVO/SAFの製造事業への投資のみならず、水素などへの投資も進めています。
──三井物産がGalp社と提携する経緯はどのようなものだったのでしょうか。
常陸 当社が2020年4月にエネルギーソリューション本部を立ち上げた際に、いくつかのコアビジネスエリアを設定しました。そのひとつが次世代燃料事業分野であり、「HVO」「SAF」「バイオエタノール」の3つの商品を中心に事業機会開拓を進めることになりました。
次に、どこにマーケットがあるかとの議論になったのですが、次世代燃料は制度に基づき需要が創出される側面があるため、強固な制度を持つヨーロッパとアメリカに狙いを定めました。そこでヨーロッパとアメリカで事業機会と提携先を探しましたが、最終的には制度に基づくHVOやSAF需要がある一方、域内のみでは原料が不足しているヨーロッパに狙いを定め、当社のアジアからの原料調達機能を評価してくれたGalpと提携するに至りました。
原料となる廃食油や植物油残渣をアジアで調達
──HVOとSAFの原料は廃食油や植物油の残渣(残りかす)だとうかがいましたが、三井物産がアジアで原料を調達できるのはなぜでしょうか。
常陸 この事業の面白くもあり難しい点でもありますが、原料は主に食料分野のサプライチェーンで発生する一方、生産される製品はエネルギー分野の商品です。食料とエネルギーの世界を繋げるのはそう簡単ではありませんが、当社食料本部は過去から植物油残渣や廃食油を取り扱っており、当社の総合商社としての総合力を活かすことができると考えています。
──では、原料の調達から輸送、製造までの一連のプロセスを教えてください。
常陸 廃食油の場合は、集荷業者が食品工場やレストランから原料を集荷します。動物油脂は、食肉加工工場などから出てくる副産物としての油脂を回収して集めます。最近ではenergy cropと呼ばれる燃料用途向けに作付け・搾油される、食と競合しない植物油も注目を集めており、当社も将来的な活用可能性も視野に調査を進めている段階です。こうして回収した原料は一般的なタンカーに乗せて欧州まで輸送することが可能です。それらの原料を用いて、Galpのシネシュ製油所でHVOやSAFを製造します。
当社作成(2023年12月)
HVOもSAFも同一プラントで製造可能
常陸 廃食油などにはゴミなどの不純物が入っているので、前処理設備が必要になります。ここで不純物等を除去した後に水素化処理設備と呼ばれるプロセスプラントに原料を投入し、HVOを製造します。水素化処理自体は製油所が通常使っている技術・工程なので、石油会社としては特段問題なく製造可能と考えています。
──HVOを年間25万トン生産するという規模は、世界的に見て大きいのでしょうか。また、シネシュ製油所の設備や技術力への評価はどのようなものでしょうか。
常陸 HVO/SAFのプラントとしては、一般的な規模だと思います。また、老朽化した製油所が多いヨーロッパにあって、シネシュ製油所は比較的規模も大きく近年新規装置を導入した設備の整ったプラントで、現地を視察した当社技術アドバイザーも「驚くくらいきれいに整備されている」と舌を巻いていました。
Galp社のシネシュ製油所
──シネシュ製油所では、HVOとSAFの製造を切り替えられるとうかがっています。この切り替えは、簡単にできることなのでしょうか。
常陸 はい、使用する原料も設備も基本的には大きな違いはなく、接触分解(Cracking)というプロセスを追加することでHVO製造からSAF製造に切り替えることができます。ただし、頻繁に切り替えることは効率的ではないことから、プロジェクトの開始初期はHVOをメインに、その後はSAF需要の動向を見ながらSAFの生産量を増やしていくことを想定しています。
欧米を中心にHVO/SAFは将来性のある燃料
──HVOとSAFの需要の見込みについてはどのようにお考えでしょうか。
常陸 どちらも今後増えることは間違いないと考えています。というのも、EU27カ国は「再生可能エネルギー指令(RED: Renewable Energy Directive)」を遵守する必要があり、それに基づくと年々HVOおよびSAF需要は増大することが想定されるからです。
現状、全世界でのSAFの使用量は年間20万トン程度ですが、2025年以降は欧州でSAFの混合義務化が始まることから、加速度的に需要が伸びると予想しています。航空燃料は電化や水素化が難しい分野なので、現時点ではSAFが最も有望なGHG削減手段だと考えられています。
当社作成(2023年12月)
──HVOの現在の価格や、今後の価格変動についての予想をお聞かせください。
常陸 HVOの現在の価格は、石油由来ディーゼルの2〜3倍といったところでしょうか。今後、普及が進むことで価格もある程度は低下すると予想されますが、原油に比べるとどうしても原料が高価になります。ただ、欧州では規制に基づくHVO需要が見込まれることから、今後更なる普及が想定されます。
──実証実験に近い形ではありますが、日本でもバスなどにHVOが使われるようになりました。製造事業を日本で展開する可能性はあるのでしょうか。
常陸 現在ヨーロッパとアメリカではそれぞれ年間約400万トン程度のHVOが使われていますが、再生可能エネルギーの普及に向けた制度設計がしっかりしていることが背景にあります。日本の場合は各企業の自主的な導入目標に委ねられており、現状ではまだ限定的な使用に留まっています。日本における制度設計に変化があれば、もちろん日本での事業展開も考えたいと思っています。
需給ギャップのある欧州の国に向けて販売予定
──このプロジェクトにおける、原料調達以外の三井物産の役割りを教えてください。
常陸 HVO/SAF製造事業への投資と製品販売です。HVO/SAFはまだ比較的新しい事業分野ですので、事業を展開する上では当然リスクがあり、信頼できるパートナーとの提携による適切なリスクシェアは重要です。また、先ほどお話しした「再生可能エネルギー指令」は、EU27カ国に課されており、中には自国生産がなかったり不足したりする国も出てくるので、そうした需給ギャップを想定しながら製品販売先を確保し、プロジェクトに貢献することを目指しています。
──このプロジェクトは、2026年より商業生産開始予定だとうかがっています。現在はどの段階にあるのでしょうか。
常陸 2023年12月より現場の整地作業等も含め建設工事が始まりました。今後大型機器の発注や組み立てなど、本格的な建設工事がスタートする予定です。我々としても工期と予算の管理をおこなっていかなければと、気を引き締めているところです。
──最後に、脱炭素社会の実現に向けて、この事業を通じて叶えたい夢を教えてください。
常陸 脱炭素化が進む欧州においてHVO/SAF製造という事業機会を得たことは、当社にとって重要な一手であると考えています。HVOもかなり普及してきたとはいえ、本格的にマーケットに出てきたのはここ3〜4年です。まだ初期と言える段階で、欧州のインサイダーになれたことは大きな第一歩です。今後は総合商社としてのグローバルなネットワークを活かして、今回得る知見・経験を世界に展開していきたいと思っています。
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