【解説】CO2排出権取引の国際動向とJ-クレジットの未来 - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

ソリューションカーボンオフセット

最終更新:2023.07.03

【解説】CO2排出権取引の国際動向とJ-クレジットの未来

自らが削減しきれないCO2排出分を、第三者からカーボン・クレジットを購入することで相殺(オフセット)するクレジット取引。これを後押しするために日本で運用されている「J-クレジット」制度について、専門家が入門編として解説します。

日本では、需要家における自主的な取り組みを後押しするベースライン&クレジット方式(*1)の取引制度「J-クレジット」が、2013年から運用されています。一方、海外ではより活発なクレジット取引がおこなわれており、その背景には、EU-ETS(EU域内排出量取引制度)に代表されるような、規制的な側面が強いキャップ&トレード方式の排出権取引制度の導入がみられます。このような世界的な動向も踏まえて、J-クレジットの課題と今後の展望について解説します。
(*1) 排出量を削減する何かしらの事業が実施された際、その事業が実施されなかった場合(ベースライン)と比較して、削減された分(クレジット)を取引できる方式のこと

米国から生まれ、欧州で拡大した排出権取引

──前提として、排出権取引には、どのような意義があるのでしょうか。
津金 排出権取引というと、自身のCO2(温室効果ガス)の排出量に対して上限規制を課せられ、本業に加えて温室効果ガスの削減努力をしなければならない、排出上限を超える場合には、第三者からクレジットを購入しなければならない、制度によっては罰金が科せられる、といった「コスト負担」の側面に目が行きがちです。
しかし、視点を変えて見れば、排出削減の努力をすれば、余剰に削減した分が取引を通して「価値=収益」として返ってくるという考え方のほうが、より重要だと思います。つまり、排出権取引を促進することは、排出削減に資する技術開発や取り組みを促進することにもつながるのです。
三井物産株式会社 コーポレートディベロップメント本部 商品市場部  環境・エネルギー営業室 シニアマネージャー 津金泰正。1990年東京短資へ入社。外為業務に9年従事した後、2000年より排出権取引のトップランナーであった米国NATSOURCE社(在NY)へ出向。その後ナットソース・ジャパン(株)(既に解散済み)を設立して2003年に帰任・着任。排出権取引のコンサルティング及び取引実施者として京都議定書の下で多くの国際間取引に携わった。2010年4月に排出権ビジネスを立ち上げるためにゴールドマンサックス証券(2007-2010)から嘱託社員として三井物産へ転職。16年より本邦電力先物ビジネスの立上げのミッションを与えられ、17年にキャリア採用となった。現在の主たる業務は電力先物取引。潜在顧客がCO2クレジットと深い関係にあることもあり、引続きCO2クレジットの話題をフォローアップしている。直近ではMETIから委託を受けた東京証券取引所によるカーボン・クレジット実証事業に主担当者として参加。
三井物産株式会社 コーポレートディベロップメント本部 商品市場部 環境・エネルギー営業室 シニアマネージャー 津金泰正。1990年東京短資へ入社。外為業務に9年従事した後、2000年より排出権取引のトップランナーであった米国NATSOURCE社(在NY)へ出向。その後ナットソース・ジャパン(株)(既に解散済み)を設立して2003年に帰任・着任。排出権取引のコンサルティング及び取引実施者として京都議定書の下で多くの国際間取引に携わった。2010年4月に排出権ビジネスを立ち上げるためにゴールドマンサックス証券(2007-2010)から嘱託社員として三井物産へ転職。16年より本邦電力先物ビジネスの立上げのミッションを与えられ、17年にキャリア採用となった。現在の主たる業務は電力先物取引。潜在顧客がCO2クレジットと深い関係にあることもあり、引続きCO2クレジットの話題をフォローアップしている。直近ではMETIから委託を受けた東京証券取引所によるカーボン・クレジット実証事業に主担当者として参加。
──排出権取引というと、欧州の排出権取引制度「EU-ETS」が先行しているようにみえますが、その始まりはどのような経緯だったのでしょうか。
津金 排出権取引は、1990年代に米国の環境保護局(Environmental Protection Agency; EPA)による大気汚染対策から始まりました。京都議定書以前のことです。環境保護局は大気汚染や廃棄物の規制をおこなう機関で、当初はSOx(硫黄酸化物)やNOx(窒素酸化物)を対象とした酸性雨対策のプログラムとして排出権取引をおこなっていましたが、これにCO2が追加されたことが始まりです。
EUでは2000年頃より議論が始まり、米国を参考にしながらまずは2002年に英国が制度(ETS)を導入。これを取り込む形で、EUの排出権取引制度「EU-ETS」(European Union Emissions Trading System)が2005年にスタートします。

キャップ&トレードとは何か?

──EU-ETSとは、どのような制度なのでしょうか。
津金 EU-ETSは、国や企業が温室効果ガス排出量の上限数量(キャップ)を設定し、それを超えて排出が見込まれる場合には、目標以上に削減を可能とした他者から余剰分の排出枠を購入(トレード)する「キャップ&トレード」の原則に基づいています。
上限を超えて排出された場合には、その超過分に対し、1トンあたり100Euroの罰金が課せられることとなり、いわば、設定された排出上限数量の遵守を義務化するものです。
──EU-ETSは欧州に根付き、排出権取引が活発におこなわれているようにみえます。
津金 当初は、EU-ETSの導入に産業界からの反発が強く、たとえばドイツの鉄鋼業界は訴訟を起こしてまで制度導入に反対していました。しかし、EU議会が半ば強制的に導入に踏み切りました。導入当初は企業から反発の大きかったEU-ETSですが、段階的に規制対象業種の範囲を拡大し、現在はフェイズ4、企業数にしてEU全体の約60%、CO2の排出量で70~80%程度がEU-ETSにおいて適用されています。
──排出権取引制度を導入している各国は、いずれもEU-ETSに近い仕組みを採用しているようです。
津金 排出権取引制度を導入している国は、欧州の他にカナダ、中国、韓国、米国の一部の州などありますが、いずれも「キャップ&トレード」の原則に基づいています。そのため、規制の内容や適用範囲に細かな違いはありますが、概ね似たような制度設計になっていると思います。

日本の排出権取引の現在地

──日本では、排出権取引制度を導入する議論はなかったのでしょうか。
津金 1997年に採択された京都議定書では、先進国および経済移行国の温室効果ガス(Greenhouse Gas)排出量を、原則として1990年比で5%削減する目標(*2)が定められ、その手段の一つとして排出削減量の国際間移転(=排出権取引)が認められたわけです。我が国においては、中小企業による低炭素投資を促進し、GHG排出削減を促進することを目的として、2008年に「国内クレジット制度」が導入されました。
(*2) 1990年のCO2の総排出量を基準として、先進国は2008年~2012年の平均年間排出量を95%以下に削減する目標
──クレジット取引のほうが先行したわけですね。この流れが「J-クレジット」につながっているのでしょうか。
津金 2015年のパリ協定採択以降、脱炭素化の議論や取り組みが本格化していく中で、「国内クレジット制度」を含み、国内にいくつかあったクレジット取引制度を利用しやすい形で一本化して運用されているのが、「J-クレジット」制度です。
国内ではキャップ&トレード方式の排出権取引は導入されず、ベースライン&クレジット方式(*1)と呼ばれる、排出削減分をクレジットとして取引する制度の導入が進むこととなります。
──日本では、キャップ&トレード方式の排出権取引制度は導入されないということなのでしょうか。
津金 当時は、排出規制が課されない途上国に対し、日本を含む先進国にのみ規制がかかれば、産業の国際競争力が失われるとの反対意見も強かったのです。しかし、その後2010年に東京都が、2011年には埼玉県が、地域でキャップ&トレード方式の排出権取引制度を導入しています。
また、現在は2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、産学官が協働する取り組み「GXリーグ」において、キャップ&トレード方式の排出権取引が試行されています。「GXリーグ」は自主参加制ですが、参画表明をおこなった企業は、自主的参加といえども削減目標を設定し、達成できない場合には罰則規定が設けられます。

J-クレジットの現状と将来性

──J-クレジット制度の概要を教えてください。
津金 J-クレジット制度は、簡単には①温室効果ガスの削減に資するプロジェクトを登録・実施し ②プロジェクトを通して削減された排出量を、J-クレジット制度認証委員会が認証 ③その排出削減量をクレジットとして自身の削減目標の遵守に用いるか、または第三者との間で売買する制度です。
キャップ&トレード方式の排出量取引は、規制的な側面が強い制度であるのに対し、クレジット取引は需要家の自主的な取り組みを促進する制度であり、いわば需要家による任意の取引をサポートする制度と言えます。その一方で、いい加減な取引がおこなわれることがないよう、国が間に入って認証し、クレジットに信頼性を与えることに意味があると思います。
出典:J-クレジット制度ホームページ
出典:J-クレジット制度ホームページ
──J-クレジットは活発に取引されているのでしょうか。
津金 J-クレジットは現在、国内のCO2排出量に対して、圧倒的にクレジット発行量が不足している状況で、市場としては未成熟な段階だと思います。そのため、クレジット取引をおこないたい企業等は、どこで、いくらでクレジット取引ができるのかが不透明な中、自ら売り手・買い手を探す必要があります。ただし、クレジット取引に対する関心は確実に高まっており、今後需要が拡大することが期待されています。
──クレジット取引に適正価格はあるのでしょうか。
津金 排出削減活動由来によって価格は大きく異なりますが、例えば再エネ由来(太陽光)のJ-クレジットがCO2 1トンあたり3,000円ほどで売買されている一方で、欧州では今春100euroを超える価格で取引されました。このような国際間での制度や価値の違いもあり、一概には言えませんが、取引価格が安ければ、「クレジットを買えばよい」と企業等が排出削減努力を怠り、技術革新が進まなくなる懸念があります。かといって取引価格が高すぎれば、購入者が減って取引市場が機能しなくなる可能性もあります。
取引価格については、向かうところは国際間で合意されたパリ協定の目標達成に用いることができる「削減価値」という話になるため、国際的な価格動向を注視していく必要があると思います。
出典:J-クレジット制度ホームページ
出典:J-クレジット制度ホームページ
──実際のクレジット取引は、どのようにおこなわれているのでしょうか。
津金 現在は「相対」による個別取引がおこなわれています。「カーボン・オフセット・プロバイダー」と呼ばれる仲介事業者も存在しますが、自らまたは仲介事業者を通して、クレジットを売りたい事業者と買いたい事業者を個別にマッチングしている現状です。
これに対し、2022年の9月から2023年1月にかけておこなわれた経済産業省によるカーボン・クレジット取引の実証実験(委託先:東京証券取引所)では、入札を通して売買をおこなう取引市場(マーケットプレイス)の実証事業がなされました。また、民間事業者がカーボン・クレジットの取引市場(マーケットプレイス)を展開する動きもあり、このような取引市場を通して、より手軽でオープンなクレジット取引が可能となることが期待されます。
──J-クレジット制度の課題はどこにありますか。
津金 前提として、日本ではキャップ&トレード方式の排出権取引制度が導入されていない、即ち温室効果ガスの排出削減が義務化されていない状況があります。そのため、現時点ではJ-クレジットを購入する強い動機に乏しい企業や団体が多く、J-クレジットの購入者は、自社の環境貢献を自主的にアピールしたい企業や、エネルギー供給構造高度化法(*3)への対応が必要なエネルギー供給事業者に限定されています。
義務化の是非はここでは問いませんが、クレジット取引をより活性化していこうとするならば、その動機を形成していく必要があると思います。
(*3) 国内でエネルギーを供給する電気事業者やガス事業者等に、非化石エネルギー原料の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用を促す法律

海外で活発化するボランタリー・クレジット取引

──海外では「ボランタリー・クレジット」の取引も活発におこなわれているようです。
津金 合意された排出削減目標の達成手段として、利用が認められたカーボン・クレジットを「コンプライアンス・クレジット」といいます。例えば、GXリーグに参加する企業は排出削減目標を設定し、それを超えて排出が見込まれる場合にはJ-クレジットの取引を通してオフセットすることが認められています(*4)。
(*4) GXリーグは現時点では試行的な取り組みであり、法制度化されていないため、厳密にはJ-クレジットはコンプライアンス・クレジットに該当しません。
これに対し、「VCS(Verified Carbon Standard)」や「GS(Gold Standard)」といったNGOが認証・発行し、自主的に取引されるクレジットを「ボランタリー・クレジット」と言います。
排出削減目標の達成(義務化)の対象外となっている事業者であっても、取引先からの要請で排出削減に取り組む企業や、自らの環境貢献を自主的にアピールしたい事業者がボランタリー・クレジットを購入するケースが多いようです。ボランタリー・クレジットに法的な影響力はありませんが、コンプライアンス・クレジットに比べて発行量が多く、価格もリーズナブルなので、その観点からは利用しやすいクレジット取引になっています。
ただし、例えばGXリーグの取り組みの中では、このようなボランタリー・クレジットを利用することは認められていませんので、現時点の日本では、ボランタリー・クレジットを取引する動機は乏しい状況です。

カーボン・クレジット取引は、パリ協定で合意した削減目標を達成する手段として一本化すべき

──最後に、J-クレジットがこれから進むべき道、未来予想図についてお聞かせください。
津金 日本の排出枠超過分は、日本で創出されたクレジットで相殺することが望ましく、J-クレジットが日本のクレジット取引の中核となることが期待されます。一方で、先ほどもお話ししたように、J-クレジットの発行量は、国内のCO2排出量に対して圧倒的に不足している状況です。そうすると、日本以外の場所で削減された価値を対象とする国際取引に目を向ける必要が生じ、二国間クレジット(JCM)制度や、ボランタリー・クレジットを活用する必要性が出てくるかもしれません。このような観点から、J-クレジットを含むすべてのクレジット取引は、パリ協定で合意した削減目標を達成する手段として認められ、最終的には「共通の価値」を持つものとして一本化されていくべきだと思います。

ちなみに、足元では「GXリーグ」を通して参加者が排出削減目標を設定し、それを達成する手段の一つとして、J-クレジット取引が位置付けられています。J-クレジット取引市場(マーケットプレイス)を形成する動きも含めて、官民が連携して一本化された仕組みやルールを形成しようとしている点で、日本は”良い一歩”を踏み出していると思います。
──本日はありがとうございました。

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