量子コンピュータが変えるビジネスの最前線——クオンティニュアムと共に
近年、量子コンピュータが急速に進化し、ビジネスの世界でも実用化が進んでいます。金融、物流、材料、創薬、さらには脱炭素と、さまざまな分野での活用が期待されるなか、企業はどのようにこの革新的な技術を取り入れるべきでしょうか。統合型量子コンピューティング企業であるクオンティニュアムとの取り組みを通じて、新たなビジネスを模索する担当者に話を聞きました。
量子コンピュータとは?
量子とは物理現象を構成する最小単位であり、電子や光子などを指します。そのミクロな世界では、私たちの常識を超えた摩訶不思議なことが起きています。
そのひとつが、量子は「波」のような性質と「粒子」の性質を同時に備えているということ。観測されるまでは、どこにでもいる可能性がある霧のような状態ですが、観測した瞬間に一つの粒子として確定するのです。
量子コンピュータは、そのような「ふたつの状態が共存している特性(量子重ね合わせ)」を利用しています。一般的なコンピュータは0と1で表現された情報(ビット)を順次計算するのに対し、量子ビットは0と1の状態を同時に持つため、従来のコンピュータよりも超高速に瞬時に計算できてしまいます。
量子コンピュータはあらゆるビジネスに活用できる!
——まずは、三井物産が量子コンピュータに注目した理由を教えてください。
越田 三井物産では、デジタルを活用しながらビジネスの付加価値を上げる取り組み(DX総合戦略)をおこなっています。デジタルの魅力は、大規模な設備導入をしなくても自社でビジネスを検証できるだけでなく、事業を立ち上げることもできる点にあります。そういった研究開発をおこなう中で、次世代コンピューティングにも目を向けるようになりました。
量子コンピュータについては2018年頃から着目しており、三井物産としてどう活用できるのかを検討してきました。その後、あらゆるビジネスで活用できることを確信し、2022年に各事業部と連携可能な専門部署をつくりました。
越田 誠|こしだ まこと
三井物産株式会社 コーポレートディベロップメント本部 総合力推進部 量子イノベーション室長
1994年入社。情報電子機械部(当時)でのPC/ソフトウェア販売、ドイツ研修員、イースリーネットワークス(株) に出向。ドイツ三井物産 新産業技術室、三井物産 化学品セグメントの後、三井物産戦略研究所、ドイツ三井物産(有) ワルシャワ支店を経て、2022年にデジタル総合戦略部デジタルテクノロジー戦略室。2024年より現職
濱野 量子コンピュータは、爆発的に計算が高速化することが証明されています。2030年以降の実用化を目指し、ハードウェアの開発はもちろん、アルゴリズム(計算方法)の開発や用途開発、それを事業にどう繋げていくかを世界中が模索しています。
そういった状況を踏まえると、総合商社である三井物産は、量子コンピュータの使い道を検証できる大きな箱庭のように感じました。さまざまなアルゴリズムを、いろいろな業界、いろいろなビジネスを想定しながら検証していく。その中で、量子コンピュータに最適なビジネスを考えることができると思ったわけです。
濱野 倫弥|はまの ともや
三井物産株式会社 コーポレートディベロップメント本部 総合力推進部 量子イノベーション室 プロジェクトマネージャー
2019年、院卒で入社し量子技術全般の事業開発・R&Dを担当。その後、Quantinuum社との提携やブロックチェーンR&D・全社支援担当、MI関連技術支援、AI創薬関連技術支援などをおこなってきた。現在は量子イノベーション室Tech Lead・戦略を担当
——量子コンピュータの使い方を、総合商社のネットワークを活用して探っていくわけですね。とはいえ、それを三井物産がやるべき理由はどこにあるのでしょうか。
越田 まずは、高速で計算できる量子コンピュータを活用することで、圧倒的な競争力や差別化を図れる可能性があります。
また、当社のビジネスパートナーである化学素材産業や鉄鋼のような金属産業などは、いずれも基礎研究部門で量子コンピュータの研究をされています。次世代ビジネスを創造するうえで、そういった企業が何を目指しているのかを我々も理解しておく必要があります。量子コンピュータの世界を見据えている方々は、これまでの常識を超越したような新たなビジネス創造を見ていますから。
しかも、そういった新しいビジネスは、いろいろな知見やサービスを組合わせる必要があると思っています。そうなると、なかなかひとつの会社で完結できるものではありません。三井物産はマーケティングからファイナンスまで、新しいビジネスの創造に必要なさまざまな機能やパートナー企業の紹介ができます。
脱炭素社会の実現にも大きな期待がかかる
——量子コンピュータは、脱炭素の文脈でも効果が期待されていると聞きます。
濱野 従来のコンピュータでは、素材のシミュレーションのためにさまざまな近似値を入れる必要があり、物性の予測が難しい分野がありました。例として、製鉄業向けの水素製造触媒や、二酸化炭素の吸着剤にもなる有機金属構造体(MOF)があります。これらの素材開発において、量子コンピュータの活用が検討されています。
超長期的には、光化学反応を利用した人工光合成にも注目しています。触媒反応を使い、水と二酸化炭素を合成して燃料・化学原料をつくる工場が生まれるかもしれません。これは日本が強い分野でもあります。
——量子の動きを量子に教えてもらうイメージでしょうか。
濱野 まさに、そういったイメージです。あとは、複雑化するサプライチェーンにおいて、製造プロセス・物流・在庫管理などの最適化により、廃棄・燃費などの削減が可能になります。従来のコンピュータでは最適化の要素が多くなると、組合せ爆発により最適化が困難でした。しかし、量子コンピュータでは非常に多くの要素がある場合でも最適化計算が可能であり、CO2排出削減が可能になると予想されています。
——爆発的に計算が速くなるということは、計算コストも削減されるわけですよね。
濱野 はい。計算時間が大幅に短縮されるだけでなく、計算回数の圧縮によるエネルギー消費削減にも期待がかかります。現在のスーパーコンピュータや大型のデータセンターは、MW(メガワット)級の消費電力を必要としています。一方、量子コンピュータの消費電力はKW(キロワット)級であり、将来的に消費電力を1/1000以下に減らすことができる可能性があります。
脱炭素への貢献のみならず、新規データセンターに必要な立地確保が年々困難になるなか、旧式化したデータセンターの建替えにおいても有効です。GPU(高速演算のためのプロセッサ)の更新 → エネルギー消費増 → 給電設備の増強という課題に対して、GPUとQPU(量子プロセッサ)を組み合わせることで、既存設備を活かしつつ計算性能を向上させる効果が期待されています。
さらに、ChatGPTのような生成AIは大量の電力を使います。現状の電源構成では、この電力需要が間接的にCO2排出増加につながる可能性があります。しかし、AIの進化と量子コンピュータの実用化により、さまざまな分野で効率化・省エネ設計が進むと脱炭素につながります。
高性能な量子コンピュータとミドルウェア開発で注目を集めるQuantinuum(クオンティニュアム)
——三井物産は、2024年1月に米国「Quantinuum(クオンティニュアム)」社への出資参画、日本・アジア大洋州地域における販売代理店契約の締結をしました。クオンティニュアムに注目された理由はどこにあるのでしょうか。
濱野 我々の役割は量子コンピュータの用途開発ですので、当初は「ケンブリッジ・クオンタム・コンピューティング」というソフトウェアやミドルウェアなど、アルゴリズム開発に強い会社との付き合いが始まりました。そこはどんな量子コンピュータにも対応できるので、各ハードウェアとの橋渡しのような役割を期待していました。
その後、同社はハードウェアを開発している米国ハネウェル社の量子部門「ハネウェル・クオンタム・ソリューションズ」と統合して、「クオンティニュアム」になったわけです。このハネウェル社もまた、優秀な量子コンピュータをつくっていました。
濱野 量子コンピュータが注目されるきっかけは、IBMやGoogleが採用している「超伝導」方式です。量子ビット(0と1のビット)をたくさん増やせることが特徴で、ビット数が多いほど計算に優位だと考えられていました。欠点としてはエラーが多い、つまり精度が低いことにあります。
エラーのない量子ビットなど当時は現実的ではなかったのですが、ハードウェアが発展するにつれ、ビット数は少なくてもエラーが少ないほうが有用であることがわかってきました。そこで注目されているのが、ビット数のスケールでは遅れているがエラーが極めて少ない、クオンティニュアムが採用している「イオントラップ」方式です。
最先端の量子コンピュータを持ったうえで、ハイパフォーマンスで動かすミッドウェアを開発し、そのうえで最適なソリューションを創造する。その建付に魅力を感じて出資することになりました。
——現在、主に6つの方式(超伝導/イオントラップ/トポロジカル/シリコン/中性原子/光)があり、各企業や大学、研究所がしのぎを削っています。どの方式も2030年頃を目処に実用化を進めているのでしょうか。
濱野 各ハードウェアメーカーはロードマップを示しています。どこも2030年をひとつのマイルストーンとしており、その段階でエラーのないアルゴリズムが動く量子コンピュータの実現・実用化を目指しています。
越田 クオンティニュアムも2029年に「アポロ」というモデルのリリースを目指しています。また、今年(2025年)リリース予定の「ヘリオス」でも小規模ながら量産される予定と聞いています。
——実用化されると、世界は大きく変わるのでしょうか?
越田 段階があると思います。2030年の段階では一般の方にはまだ見えにくいような、一定の用途に使われると思います。先ほどMOFの話が出ましたが、材料開発の分野ですね。金属と有機物を組合わせる材料では、電子の動きなどを精密にとらえる必要があるのですが、現在はどうしても近似モデルに頼らざるを得ないなど技術的な限界があります。そこが突破されると、軽量で効率のいい電池などが生まれる可能性があります。
その他の身近な例では、地球シミュレーターのような天気予報の分野。エルニーニョの予測などがより精密になるかもしれません。
濱野 あとは先ほどもお話しした組み合わせの最適化に加えて、モンテカルロ法やトポロジカルデータ分析が大きく改善されます。金融分野ではポートフォリオ最適化や価格変動の予測などで、大量な試行回数のシミュレーションでリスクやリターン等の評価をおこなうモンテカルロ法が採用されています。量子コンピュータであれば、格段に少ない試行回数でより高い精度を得ることが可能です。
また、複雑なデータの形(トポロジー)をとらえて、見えない関係性やパターンを明らかにするトポロジカルデータ分析では、より高次元なデータを扱うことが可能になります。これは電力網や物流の効率化の他、高次元な特徴を学習させることで既存AIの改善に繋がるかも知れません。
量子コンピュータは、エンタメ業界でも活用できる!?
——三井物産としては、どんな企業からの問い合わせを期待していますか。
越田 量子コンピュータには得意・不得意がありますが、まずは関心をもっていただければと思います。というのも、量子コンピュータの世界はそれを理解している人たちが中心となり、仮説を立てながら研究開発をしています。しかし、活用方法に関してはそういったサークルの中だけでは生まれてこないと思っています。
——業界関係なく自由に問い合わせていいのでしょうか。
越田 NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)もまた量子コンピュータの活用方法を模索しており、さまざまな社会課題を募集しています。その項目のひとつには「クールジャパン」があります。つまり、エンターテイメント系での活用も模索しているわけです。余談ですが、クオンティニュアムの創業者は量子の現象を使った音楽づくりをおこなうスタートアップも立ち上げています。
それらを鑑みても、業界問わず自由に相談いただければと思います。
また、我々はクオンティニュアムに投資をしていますが、お客様のニーズに応えることが仕事です。クオンティニュアムが良ければ使っていただきますが、そうでなければ違う組み合わせを考えるなど柔軟に進めさせていただきます。
——問い合わせ後は、どんなプロセスになるのでしょうか。
濱野 最初はブレスト会議のような形で、私たちの取り組みや考えを説明させていただきます。その後、事業の話を伺いながら、課題解決ができそうなことを見出していければと思います。
越田 大手企業さんでも、かなり突飛な発想を持ち込まれることがあるので安心してください(笑)
濱野 現実的に一番話が進むであろうものは、「シミュレーション(量子化学計算)」「モンテカルロ法」「トポロジカルデータ分析」「トークン」「暗号鍵」。この5つのキーワードのいずれかに該当する研究やビジネスを展開されていたり、興味・関心がある方は話が進みやすいと思います。壁打ちはウェルカムですので、まずはお問い合わせいただければと思います。
——最後に、この事業を通じて叶えたい大きな夢を教えてください。
越田 三井物産では、AIなどのデータを使った新事業の芽が育ってきています。その次は量子だと信じています。クオンティニュアムは間違いなく業界トップですし、研究者の数も世界最大。次世代の三井物産に大きく貢献していきたいと思っています。
濱野 量子コンピュータだからこそできる事業を、他社に先んじて開拓していきたいと思います。そして、世界中すべての領域でイノベーションを起こしていきたいです。
量子コンピュータを活用したビジネスに興味・関心がございましたら、お気軽にお問い合わせください!
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