デンマークに学ぶ最新の再生エネルギー事情。今、日本に求められる対応とは
風力発電が総電力の約50%を占めるデンマーク。その中でも電力自給率が800%を超えるロラン島に住むニールセン北村朋子様にデンマークの再エネ事情を伺いながら、日本の課題やとるべき行動を考えます。
行き届いた社会福祉や高い教育水準を軸に、世界幸福度調査では例年上位にランクインする国、デンマーク。風力発電など再生可能エネルギーを積極的に進め、環境分野においても世界を牽引している存在です。
かつては化石燃料への依存度が高く、日本と同様、70年代のオイルショックでは相当な打撃も経験しました。しかしデンマークはこの50余年を掛けて、グリーン・トランスフォーメーションに成功した国とも言えます。どこよりも先を行くエネルギー政策は今、どんなことが議論されているのでしょうか。デンマーク在住23年、日本とデンマークの架け橋として幅広く活躍する文化翻訳家・ニールセン北村朋子さんにお話をうかがいました。
風がつくった電気で暮らす国。化石燃料の脱却は目標前倒し
―― 教育や食文化など、エネルギー以外の分野でも日本とデンマークをつなぐお仕事をされていますね。
ニールセン 日本とデンマークはすごく似ているところと、逆に全く違う考え方をするところの両方があり、すごく相性も良いと思います。双方の知見を生かし合う繋がりを作りたいと考えて活動しています。いろいろな分野に関わっていることもあって、「カルチュラルトランスレーター」、文化翻訳家と名乗っています。
ニールセン 北村 朋子(にーるせん きたむら ともこ)
2001年よりロラン島在住。Cultural Translator/文化翻訳家。DANSK主宰。一般社団法人AIDA DESIGN LAB理事。一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会アドバイザー。京都芸術大学通信教育部「食文化デザインコース」講師。食のインターナショナルフォルケホイスコーレLollands Højskole理事(準備中)。ジャーナリスト、コーディネーター、アドバイザー。講演、ワークショップ、ラーニングジャーニーなどを企画、実施。
ニールセン 例えば「森の幼稚園」という、子どもたちが終日屋外で過ごす幼稚園を立ち上げたり、デンマーク発祥の人生の学校、「ホルケホイスコーレ」という教育機関の立ち上げに関わったり、また日本では今年から、京都芸術大学に新設された「食文化デザインコース」の中で「持続可能な食との関係」というテーマで講師をしています。
デンマークに来て一番驚いたことは、再生可能エネルギーが普通に存在していることでした。特に私が住んでいるロラン島は、デンマークの中で4番目に大きい島ですが、地形を生かして風力発電が非常に盛んです。1980年代には造船事業が撤退したことで経済的に大きく低迷したことがありました。それを立て直したのが、風力発電の事業です。現在ロラン市の電力自給率は約800%まで拡大し、島全体の電力供給に加えて、都市部や隣国へも送電しています。
デンマークの地図
出典:Google Maps
ニールセン 私が移住した2001年当時、日本では全くと言っていいほど再エネが話題になることがなかったので、逆に興味を持って学ぶようになりました。最近は、特に2011年の東日本大震災以降は、日本でも再エネへの関心が高まったこともあり、デンマークに視察や見学に来る方々の受け入れもしています。
―― 最近のデンマークの再エネ事情についても教えていただけますか。
ニールセン デンマーク統計局によると、2023年のエネルギー消費全体における再生可能エネルギーは45.2%に達し、2011年と比べ約2倍に増えています。また、デンマークの総電力使用量のうち50%は風力発電によってまかなわれています。
過去15年間で電力における石炭使用量が83%まで減少していることからもかなり再エネに舵を切っていることがわかります。もともと石炭火力については、2025年までに完全にやめる方向で政府も動いていました。しかしロシアのウクライナ侵攻などで天然ガスや他の燃料の価格高騰があり、若干計画より遅れています。ただ、大型の石炭火力発電所はもうほとんど稼働させておらず、化石燃料からの脱却という方向性は変わっていません。
デンマークは当初2050年だった目標を5年前倒し、2045年までに、完全に化石燃料から脱却することを国の目標にしています。それはエネルギーや食料の確保が国民の安全保障と直結するためであり、政権が変わっても着実に、むしろ急ピッチで取り組んでいると言えます。
出典:Energy Statistics 2022|Danish Energy Agency(P.9)
―― 電力の約50%が風力発電、ロラン市の電力自給率は800%、というお話しでしたが、それはどんな状態でしょうか。
ニールセン 風況がいい時は、ロラン島沖の洋上風力発電も含めると1000%ぐらい、つまりロラン市全体を補う電力の10倍の量の発電をしていることもあります。風力発電自体の性能も上がっていますし、建て替えの時期に差し掛かっているものは大型の風車に建て替えられていることもあって、電力生産量がすごく増えています。
グリッド(送配電網)を心配されるかもしれませんが、今はまだ受け入れるだけの容量があるとされています。ただデンマークはほぼ全ての送電線が地中埋設されていますので、もしもグリッド増設するとなると、むしろかなり大変であることが予想できます。そこで、グリッドの増設をせずに済む考え方が現実的であり、まずはエネルギーを地産地消すること、そして、電力エネルギーではない状態で蓄えたり有効活用する、Power-to-X(パワー・トゥ・エックス)も進められています。
徹底的にムダにしない。活かし方いろいろ、「Power-to-X」
ニールセン 風力や太陽光の発電量を増やしていくことに変わりはないのですが、大容量の蓄電池はまだ開発面での課題も大きいため、Power-to-Xを進めることは必然です。政策的にというよりも、もはや科学や物理の領域から求められていると感じています。
デンマークに限らずヨーロッパでは、電力は自由市場です。余れば安くなり、不足していたら値上がりする、この高低差をできるだけ少なくする必要があります。電気がたくさん「作られる時」と「使われる時」が必ずしも重なるわけではないので、統計を取ってみると、余りすぎている時と、逆に足りていない時があることもはっきり分かっています。
そこで、電力のロスをなくし、価格と供給を安定させること。これは国民全体の生活に直結するので、国の安全保障問題であると考えられています。
出典:LOLLANDS ENERGISYSTEM
ニールセン Power-to-Xの取り組みの一つとして、大量に電力を消費する企業や工場を、都市部から再生可能エネルギーによる発電所の近くへ移転させる動きが進んでいます。数年前には、デンマークを代表するビールメーカーのカールスバーグ社が、首都コペンハーゲン近郊にあった工場をユトランド半島に移転しました。また、長距離の運搬もトラックを減らして貨物列車を使うようになり、運搬や輸送における二酸化炭素の排出量を下げることに取り組んでいます。これは同時に、大型トラックの騒音や排気ガスの問題が減り、道路の劣化も防げて、さらに、スペースが開いた都市部ではコンパクトシティとして再生し、新たな価値が生まれました。
一方、ロラン市は有り余る再生可能エネルギーによる電力があるので、逆に企業誘致を含めたPower-to-Xが進んでいます。バイオ燃料や樹脂を作るバイオリファイナリー(*1)の施設誘致が決まり、現在建設中です。ロラン市はライ麦や大麦、小麦の生産が盛んな地域でもあり、穀類を食料だけでなく、バイオポリマーなどの原料を作る取り組みも行われる予定です。
*1 再生可能資源であるバイオマスを原料にバイオ燃料や樹脂などを製造するプラントや技術
また、ロラン市では以前、水素を活かす実証実験も行っていた経験から、その知見を活かした取り組みも積極的に進めています。水素は、最も軽い気体で扱いが難しく、コスト面で課題があったのですが、水素と二酸化炭素を反応させてメタン(CH4)を作るメタネーション技術が研究されています。できたCH4を天然ガスにアップグレードすれば、既存の天然ガスインフラを活用できます。水素の場合、水素用の新たなインフラ整備が必要でしたが、Power-to-Xによって天然ガスを作れたら、既存のインフラを無駄にしないで済みます。そのため、元々インフラがなかったロラン島やファルスタ島といった地域にも新設が進んでいます。
そして将来的にはケロシンというジェット燃料に使えるエネルギーの開発も、ロラン市をはじめとする再エネの生産拠点で扱われる予定になっています。
―― 市民の協力体制も強いと思いますが、 すごいスピードで進んでいますね。 現状Power-to-Xで課題とされていることは何かあるのでしょうか。
ニールセン 技術は既に開発されているものを使うので、課題はいかに余っている再エネを無駄なく活用するかにあります。ただPower-to-X自体、かなりエネルギーが掛かることは確かです。そのエネルギーを補うバランスの議論は、慎重に進められています。あと現実問題として、世界的に建設コストの上昇と資源不足が原因で、工事が予定よりも遅れているところもあるようです。
高断熱住宅への切り替えと気候変動への意識啓発
―― 日本でも再生可能エネルギーの実用化が進む一方、再エネ施設の建設に環境破壊が伴ったり、まだ火力発電の割合も高く、まだまだ課題も多いのが現状です。両方の国の現実をよくご存知のニールセンさんから見て、日本がまず取り組む課題は何だと思われますか。
ニールセン 今すぐにでも取り掛からなければならないのは、断熱です。兼ねてから日本の住宅の課題として挙げられることではありますが、自宅でヒートショックや熱中症になる方がいるなんて、世界のスタンダードから何十年も遅れてしまっています。新築の断熱基準は上がりましたが、既存の家で生命の危険が起きているのですから、すぐにでも対策が必要なはずです。尊い命を守ることで人的損失を防ぎ、医療費や社会保障の負担も軽減され、ランニングコストが下がり、エネルギー効率も上がるわけですから、高気密高断熱住宅への切り替えは、すぐにでも取り組んで欲しいです。
ロラン市には「ビジュアル気候センター」という気候変動について学ぶ施設があり、そこでは「Science On a Sphere(サイエンス・オン・スフィア)」、科学の地球儀と名付けられた巨大な地球儀を見学できます。ヨーロッパに5つあるうちの一つで、NASAから送られてくる最新のデータが、頭上に浮かぶ大きな地球儀に反映され、気候に関する現状を地球規模で確認することができるんです。
そのデータで見ると2012年の時点ですでに、熱帯の気候帯が、北半球は約700〜800キロ北上していて、南半球も同じように600キロほど南下していることが示されています。熱帯の気候帯がそれだけ広がっていて、日本の関東地方までが「熱帯になった」と言っても過言ではないことがわかります。今はさらに広がっているかもしれません。
科学の地球儀(サイエンス・オン・スフィア)に投影されている地球の画像
ニールセン そうした背景を知れば、夏の酷暑や台風、ゲリラ豪雨も当然だということがわかるわけです。しかし、こうした情報が日本ではほとんど報道されていないため、SNSでは「亜熱帯になったみたいに暑い」といった意見を見掛けることもありますし、対策が進んでいません。現状の認識があれば、安全対策はもちろん、政策の優先順位、町づくりの基本方針も変わるはずです。断熱の必要性でいえば冬の寒さも同じ。ヒートショックのため、家の中で亡くなる方が年間2万人近くいると言われており、本当に悲しすぎることです。
生活者の期待に応える、企業のデザイン力
―― 日本企業や行政との取り組みも多いと思いますが、日本のビジネスパーソンたちにとって、日本の環境対策をより実用的に進めるために、何かヒントになることがあれば教えてください。
ニールセン さまざまな企業の方とご一緒させていただく機会があるのですが、一つ思うことは「これまでの当たり前を全て疑ってみる」ことの大切さです。本当にスーツが必要なのかどうか。夏の半袖やノーネクタイは定着したものの、いまだに遠慮がちだったり、少しかしこまった場になると夏でもジャケット着たりしますよね。しかし、今の日本の夏に適した服装を改めて考えてみることが必要ではないでしょうか。
あるいは9〜18時という働き方もそうです。取引先に外出する時間が最も暑かったり、都市部で一極集中することのロス、1台にひとりずつしか乗っていない車がたくさん走ることも少なくないと思います。本当に効率的なのかという視点で考えると、自ずと各社がすべき選択や行動変容が見えてくるはずです。実は非効率だと思いつつ慣例的にしていることがあれば、どんどん本当に必要な、よい方法へ変えて行くといいと思います。
ニールセン デンマークの事例で言うと、ほとんどの電力会社が次の日の電力予想を出しているんです。「明日は○時頃に電気が余って安くなるので、この時間帯に使ってくださいね」というメッセージが携帯に届きます。各家庭ではそれを参考にして、洗濯機を回したり、まとめてパンを焼いたり。電力会社のなかには家電メーカーの企業と連携して、電力予想に合わせてスマホから家電の稼働時間をセットできるようにしているところもあります。
ある生活者調査では、「社会のグリーントランジションは企業に責任がある」と回答した人が85%いました。つまり、生活者は企業の人たちに、社会の仕組みをうまくデザインしてほしいと期待しています。企業もそれを重く受け止めて、生活者が無理なく、普通に暮らしているだけでグリーントランジションに移行できるような行動変容を促すことに努めています。
これは企業にとっても新しいビジネスチャンスになります。日本でも、人々が賛同し、協力しあって社会をより豊かで持続可能な社会にしていくためのデザインが企業や政治に求められていると思います。
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