2024年7月25日、「多様な視点から考える 脱炭素推進の『壁』を乗り越えるには」と題し、Green&Circular主催によるオンラインセミナーを開催しました。
Green&Circularとしては、初めてのセミナー開催となりましたが、約450名の方々にお申込みいただき、脱炭素推進への興味関心の高さを改めて実感することができました。
本記事では、セミナー当日の様子をダイジェスト版の開催レポートとしてお届けします。セミナーの司会・進行は、昨年度よりGreen&Circularのコンテンツ制作、運用支援を行う株式会社メンバーズ 萩谷 衞厚が務めました。
脱炭素推進の課題は?その壁をどう乗り越えるか? 議論を深める
はじめにGreen&Circular 編集長の上野より、今回初めてのセミナー開催に至った経緯を説明いたしました。
上野 2022年6月からスタートしたGreen&Circularですが、以前に実施した読者アンケートで、セミナー形式での情報提供にとても多くのご要望を頂きました。
また、日本企業の脱炭素の取り組みは浸透しているが、推進にあたっての課題は何か、それをどうやって克服していくのかに関心が移っており、その壁をどう乗り越えられるのか、さまざまなお立場の専門家の方々にお越しいただき議論を深めたいと考え、セミナーを開催いたしました。
上野 昌章 「Green & Circular」編集長
三井物産株式会社 デジタル総合戦略室DX第二室 兼デジタルテクノロジー戦略室 次長。1993年入社、情報産業本部やプロジェクト本部において、ITや再生可能エネルギー関連の新規事業開発に従事。2020年10月よりデジタル総合戦略部にて脱炭素関連事業のDXに取り組む
そして、当日のセミナーは、「CO2排出量計測」に焦点をあてた以下3名のゲストセッションとクロストークにより開催されました。
●脱炭素推進に向けた企業の課題とは?:一般社団法人サステナブル経営推進機構 鶴田 祥一郎 氏
●カーボンフットプリント算定における壁とは?~定ツール提供企業からみた企業の課題とは~:三井物産株式会社 岩佐 達朗
●脱炭素推進における欧州の先進企業のケーススタディ:ハーチ株式会社 伊藤 恵 氏
●クロストーク:ファシリテーター:エシカルコーディネーター、Circular Economy.TOKYO ディレクター 久米 彩花 氏 上記3名が参加
欧州のトレンドは、製品のCO2排出量の定量化と共通ルール化
最初の講演は、一般社団法人サステナブル経営推進機構 鶴田 祥一郎 氏より、「脱炭素推進に向けた企業の課題とは?」と題して、ご講演をいただきました。
鶴田 祥一郎 氏
一般社団法人サステナブル経営推進機構 LCA本部長/秋田県立大学シニアディレクター/株式会社LCAエキスパートセンター取締役/武蔵野大学兼任講師
2007年社団法人産業環境管理協会に入社。ISO14001の審査員評価登録制度、ISOに準拠したエコリーフ(現:SuMPO EPD)やカーボンフットプリント制度の構築・運用、LCAのコンサルティング業務に従事。2015〜2016年度に環境省地球温暖化対策課に出向し、技術開発実証業務等に従事。2019年に一般社団法人サステナブル経営推進機構の設立により、転籍。現職ではLCAを中心としたコンサルティング業務に従事。2024年4月現職
鶴田 欧州グリーンディールには、サーキュラーエコノミーつまり循環経済という政策の枠組みがあり、その中にさまざまな製品に対応するCO2排出量の定量化を主とした共通ルールの流れが大きなトレンドとしてあります。
その中心となるのが、エコデザイン規制(ESPR:Ecodesign for Sustainable Products Regulation)であり、その中に、バッテリーや建設の分野の規則が存在し、その規則の中心が製品やサービスにおいてのCO2排出量の定量化があげられること、そして、企業は、製品のライフサイクルに沿ったトレーサビリティを確保するためにさまざまな情報が記録されたデジタル証明書つまり、DPP (Digital Product Passport )を導入し、製品の環境情報を含む製品情報の提供義務が盛り込まれ検討されています。
また、資源循環の流れから、企業の廃棄物に対する規制も強化され、⼤企業は1年間の製品の廃棄量、廃棄理由、再利用・再製造・リサイクル・エネルギー回収された廃棄製品量等、取り組み状況の情報開示が求められること、そして、定量化では、欧州でその動きがもっとも早いのがバッテリーです。
具体的には、LCAの手法を用いたカーボンフットプリントの算定・検証・義務化が求められること、カーボンフットプリントの上限値の検討、そして、再資源材の使用が義務化されること、つまり、脱炭素のサーキュラーエコノミーの両側面から規制が強まっていることが欧州で議論されており、企業として、こうした動向を把握することが重要です。
ツールはあるが、ルールとデータがそろわないという壁に直面する企業が多い
続いて、三井物産株式会社 岩佐 達朗より、温室効果ガスの算定ツールである『LCA Plus』 を提供する側から見た「壁」について、講演しました。
岩佐 達朗
三井物産株式会社 LCA Plus事業推進チーム プロジェクトマネージャー
2007年三井物産入社。鉄鋼製品物流、海外店(台湾)勤務、新規事業立上げ、事業撤退案件等を幅広く経験。2023年8月からLCA Plus事業のプロジェクトマネージャー。
岩佐 LCA Plusは、2022年8月からサービスを開始する、サプライチェーン上で『製品単位』の温室効果ガス排出量をワンストップで可視化する国内初のプラットフォームであり、ISOや経済産業省や環境省のガイドラインといった規格にしっかり沿った算定するためのツールです。温室効果ガスの可視化は、企業単位の算定と製品単位の算定の2つがありますが、本日のセミナーでは、製品単位算定を進めることの「壁」についてお話しします。
製品単位の算定には「積み上げ方式」と「按分方式」があり、経済産業省や環境省のガイドラインでも推奨されているのが積み上げ方式であり、非常に細かく分析ができるというメリットがある一方で、算定するための活動量や原単位などのさまざまなデータを集める必要があり ます。
また、製品単位の算定には、第1の壁:進め方が分からない、第2の壁:ツールはあるが、ルール・データがそろわない、第3の壁:実行部隊の体制構築が進まないといった3つの壁があること、そして、現在は、第2の壁に直面している企業が多いと感じます。算定するためのツールはLCA Plusなど多くのツールが提供されていますが、算定するためのルールや算定に必要なデータが揃わないこと、そして、自社だけでは実現できない企業間のデータ連携や国や業界団体レベルでの連携が求められることもあり、そうした「壁」も乗り越える必要があります。
岩佐 さらに、算定ルールと一口に言っても、個社のルール、業界別のルール、経済産業省・環境省のガイドライン、ISOなどの国際規格の4つのレベルがあり、現在の日本では、すでに策定されている団体もありますが、業界別にルールに策定しているフェーズであること、そして算定ルールが決まっていないことが実務として進める上での「壁」になっているとの考えが示されました。また、算定ルールには、データの収集、算定の計算方法、算定結果の検証方法、算定結果の報告・公開に関して詳細を取り決めるものもあります。
それらの「壁」を越えていくために、2023年3月には経済産業相がガイドラインを作成し、業界ルールを作るために日本政府も支援をしていること、また、CFP算定の正確性と客観性を高めるための仕組みやCFP算定に取組む企業に対するインセンティブ、つまり公共調達におけるグリーン商品の優遇など、経済産業省を中心にその仕組み作りが進められています。
CO2排出量の開示は欧州の消費者に歓迎され、商品選択にも影響を与える
続いて、英国に在住しサーキュラーエコノミーを始めとしたサステナビリティ情報の収集や発信するハーチ株式会社の伊藤 恵氏より、欧州の消費者サイドから感じる、算定データを消費者コミュニケーションへ活用する工夫やサーキュラーエコノミーの推進に本格的に転換した企業の事例紹介について、ご講演いただきました。
伊藤 恵 氏
ハーチ株式会社 ハーチ欧州 責任者
一橋大学社会学研究科修了。学生時代は東京・シンガポール・香港などアジアのグローバルシティの公共空間・緑化空間について研究し、その後オフィスのインテリアデザインを手掛ける企業にてプロジェクトマネジメントに携わる。現在はライティング・編集ほか、様々なクライアント案件・コラボ案件に取り組む
伊藤 イギリスの消費者の64%がCO2排出量の開示を求めており、カーボンフットプリント削減の努力をするブランドに対してより好意的に感じるとの調査結果があります。
具体的な事例には、CO2排出量表示の観点から、スウェーデンのオーツミルクのブランド“Oatly”では、商品パッケージにCO2排出量が明記されていること、また、イギリス国内で利用されている“Trainline”という電車の予約サービスでは、予約した電車の利用が自動車での移動と比べ、どの程度CO2を削減できたのか表示されるアプリがあることなどが挙げられます。
伊藤 こうした身近な商品やサービスでCO2排出量の可視化が進む一方で、グリーンウォッシングの規制も強まっており、欧州の“RYANAIR”は「ヨーロッパで最も低い排出量の航空会社」と宣伝するも、イギリス広告基準局は、その主張が誤解を招くものであると判断し、証拠が不十分であると指摘されました。
また、サーキュラーエコノミー転換企業の紹介では、オランダの先駆的ブランド“MUD Jeans”によるサブスクリプションサービスや、消費者自らが分解してメンテナンスを可能とするスマートフォンの提供するオランダの“Fairphone”、同様の仕組みをミキサーで提供するドイツの“re:Mix”などが挙げられます。
これらの背景には、EUが制定した製品設計に関する規制や製品のライフサイクル全体を通して環境性能の改善を目指す、EUの「エコデザイン規制」の施行があると考えられます。
こうしたCO2排出量の開示は欧州の消費者に歓迎されており、商品選択にも少なからず影響を与えていること、そして、サプライチェーン全体でサーキュラーへの移行を志すビジネスが注目される傾向にあります。
CO2の排出量の算定や開示に関する情報のキャッチアップが求められる
後半は、これまでの登壇者3名に加えて、エシカルコーディネーターの久米氏がファシリテーターを務め、クロストークを展開しました。
クロストーク ファシリテーター/久米 彩花 氏
エシカルコーディネーター/Circular Economy.TOKYO ディレクター
立命館アジア太平洋大学 国際経営学部卒業後、環境ベンチャーの経営企画部にて、プラスチックリサイクルの新規事業立ち上げに従事。
現在はフリーランスとして、サーキュラーエコノミー・サステナビリティ領域の事業推進に伴走し、環境メディアの企画や番組制作、エシカルブランドのモデルなど幅広く活動。
鶴田 CO2の排出量の算定や開示に関する社会の規制が強化される中、情報のキャッチアップはとても重要である一方、将来のカーボンニュートラル社会の実現に向けて、本当に企業は対応できるのかという懸念も示されました。
伊藤 規制が強化され消費者の目が年々厳しくなる中、サステナビリティに関する対応は、ビジネスが最初の土俵に乗るための「必要なコスト」であるという考えが企業側で広がっている印象があります。欧州企業は、サステナビリティの情報を目標達成の途中であっても取り組みや実情などを透明性のある開示を行い、消費者に納得感のある情報を発信しているように感じます。
岩佐 算定のためのデータ収集が「壁」であることを前提として、部品点数が多い製品の算定で苦労されている企業の方々も多い中、算定するためのデータを共有する社会インフラの整備を日本政府は進めています。
上野 Green&Circularというサイトをスタートした時から、グリーンの追求と川上から川下までサプライチェーン全体で循環させるという強い意志を持って情報発信をしてきたこと、そして、今後も単なる自社のソリューション紹介にとどまらず、政府の規制や消費者の視点や企業の動向などをキャッチアップし、情報提供をしていきたい。
Green&Circular主催のセミナーとして初めての試みとなるセミナーでしたが、非常に多くの方々にご参加いただいたこと、さまざまなお立場の有識者の視点から多様なご意見を聞くことができたのは、参加者の方々には大きな収穫になったと確信しております。
今後もWebサイトからの情報発信に加え、こうしたセミナーの機会を持ちたいと考えています。これからのGreen&Circularの取組みにご期待ください。
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