「地球に良い」は企業の姿勢。サステナブル・マーケティングのすすめ - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

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最終更新:2025.03.07

「地球に良い」は企業の姿勢。サステナブル・マーケティングのすすめ

企業におけるサステナブルな取組みとマーケティングの両立について、サステナブル・マーケティングの第一人者、駒澤大学の青木教授が日本企業の現状や今後の展望を語り、社会課題解決に向けた持続的なアプローチを提言します。

企業のサステナブルな取組みが進むなか、対外発信に悩む声も聞かれます。顧客の共感を得て社会課題解決に貢献し続けるためには、何に注意すべきか。
駒澤大学で教鞭を執り、サステナブル・ブランド国際会議ではアカデミックプロデューサーを務める青木茂樹教授に、日本企業の現状と課題、展望を伺いました。日本企業のサステナブル・マーケティングの課題と可能性について探ります。

「五方よし」へのビジネス転換

サステナブル・マーケティングを表すイラスト
——早くからサステナブル・マーケティングに着目されていた背景について教えてください。
青木 もともと私は、マーケティングや流通を研究していました。2000年代に入った頃から日本でCSRの取組みが少しずつ始まり、2015年にはSDGsが生まれました。私自身が以前からサステナビリティに関心があったこともあり、企業がどのように環境問題や社会問題を捉えていくのかに注目していました。そんな時にアメリカで出会ったのが、「サステナブル・ブランド」というカンファレンスです。
その時の私は、サステナビリティとマーケティングの相関性について理解できていませんでした。しかし、カンファレンスのファウンダーであるコーアン・スカジニアさんと話していたら、「サステナブル・ブランドとは、企業が事業に取り組む姿勢や背骨だ」とおっしゃっていました。当時、マーケターが発想するブランディングと言えば、製品名やコンセプト、キャッチコピーといったことでしたが、彼女はそれよりももっと奥底にある、製品やサービスを生み出す企業のコアな価値や社会・環境への影響に注目しているのだと気付かされました。
また、その時カンファレンスに集まっていた人たちの活気もすごかった。5日間に渡り、朝から晩までワークショップや企画書づくりをして、非常に意欲的な雰囲気でした。参加者たちの熱い思いと勢いを体感しながら、こうやって支持をつくっていくのか、と圧倒されたのをよく覚えています。
青木 茂樹(あおき しげき)
青木 茂樹(あおき しげき)
駒澤大学 経営学部 市場戦略学科 教授 
サステナブル・ブランド国際会議 アカデミックプロデューサー
2008年駒澤大学経営学部市場戦略学科教授、山梨県産業振興ビジョン策定委員会委員、山梨県新しい都市づくり委員会委員、NPO やまなしサイクルプロジェクト理事長などを歴任。日本マーケティング学会サステナブル・マーケティング研究会リーダーを務める。2022年度・2023年度は、デンマークのAalborg大学で客員研究員として在籍。
青木 その当時、日本ではまだ「サステナビリティ」と言っても今ほど浸透していませんでした。もともと日本には、倫理的な活動は美徳であって、堂々と口外しない傾向があります。陰徳とも言われたりしますよね。昔の近江商人が、売り手、買い手、世間(社会)が満足する「三方よし」といったことを実直に実践している会社もたくさんあり、いまさら海外の価値観なんて、といった雰囲気もありました。
しかし今の時代、インターネットにより地球の裏側の出来事が手の平の上でわかるようになったため、視野を広げて、遠くの国々の状況や、未来の地球環境まで考えることも必要なはずです。「三方よし」に、「地球によし(空間軸)」と「孫によし(時間軸)」を加えた「五方よし」になるビジネスのかたちが必ず求められる時代だと思います。そうした考えから、日本でもサステナビリティと、ブランディングやマーケティングの繋げ方を見つけたいと思いました。

進化するマーケティング定義、「持続可能」という新たな視点

企業のマーケティング活動のイメージ画像
——2024年、日本マーケティング協会が34年ぶりにマーケティングの定義を更新し、持続可能という文言が加わりました。この点についてはどうお考えですか。
青木 とても驚きました。私たち日本マーケティング学会でも、2018年にサステナブル・マーケティング研究会を立ち上げて、非常に近い定義を掲げてはいたのですが、マーケティング協会が「ステークホルダーとの関係性を醸成」とか「より豊かで持続可能な社会を実現するため」と提唱したことには、意外でした。
定義を作ったメンバーの方に伺うと、34年前に作られた定義を見直したというよりも、今本当に重要な経営課題は何かを議論した結果だと仰っていました。それを聞くと一層、前向きに感じられて、個人的には、サステナビリティに関して世界より一歩進んだマーケティングの定義だと思っています。
——そうして日本でも変化が見られる今、日本企業におけるサステナブル・マーケティングの現状について教えてください。
青木 マーケティングと一言で言っても、製品コンセプトや製品開発、プロモーション、価格設定、そして昨今は調達とサプライチェーンというように、システムとして存在しています。海外ではシステムとしてのマーケティングがサステナブルになるように開発が進み、確立されつつありますが、日本はその考えに至っているとは言えないと思います。
特に、これまでの日本では、競争価格ばかりがフォーカスされてきました。よく売れることはもちろん大事ですが、本来なら、人権への配慮や調達、CO2排出量といったことへのコストや意識も価格設定に含まれるべきものです。調達の過程で払われたコストを当然のこととして考慮し、消費者の皆さんがどういう意識や気づきをもって選択するのか、と考えることが大切です。やはり企業は消費者に選ばれて、そうした商品やサービスが売れることで成り立つわけですから、その意味でマーケターの役割こそ、サステナビリティには非常に重要だと考えています。

消費者の変化を捉えて、企業も変化を

ショッピングカートの画像
——サステナビリティに対する日本の消費者動向は、近年どのように変化していますか。
青木 SDGsの認知度は世界でもトップクラスですね。我々の調査でも約9割の認知度でした。しかし、すでに頭打ちで、残念ながら興味関心が薄れ始めているとも言えます。いわゆるSDGs疲れか、もしくは、ムーブメントに期待したものの、それほど社会は変わらないと感じているのかもしれません。
卵が先かニワトリが先か、私は企業の方から仕掛ける必要もあると思っています。SDGsの17番目「パートナーシップで目標を達成しよう」のように、消費者がわくわくするようなコラボレーションを仕掛けることです。面白そう、こんな暮らしがいい、と示すことは重要です。
アメリカの事例ですが、WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が出した「The Good Life」という資料のなかで、「グッドライフ1.0」と「グッドライフ2.0」という言い方をしています。グッドライフ1.0とは、1960年代以降の、物質的な欲求が明るい未来をつくると信じられていた価値観です。豊かさの象徴は、大きな庭でBBQをすること、プール付きの自宅、モーターボートやゴルフ、厚切りのお肉といったものでした。
対してグッドライフ2.0では、学びや経験値を求め、慎ましく無駄遣いせず、家族や人とのつながりなどの精神的満足度を重要視した暮らしです。WBCSDは、消費者の価値観は大きく変化したと分析しています。企業は、消費者のこうした心理的変化を踏まえ、自社の製品やサービスに望まれていること、あるいは、どんな暮らし方に何を提供できるのかを考えることが、重要な時期に来ていると思います。
大都市圏に高層マンションや新しいビルの開発がテレビで話題となりますが、静岡県都田町のDLoFre’sや山梨県韮崎市のアメリカヤ界隈も心休まる暮らしを求める人々のニーズを感じますし、徳島県の上勝町のサーキュラーエコノミーも地域住民の努力が世界から人々の注目を集め、素晴らしい。日本には宝の山がまだまだ眠っているのです。
——消費者の変化を捉えた実際の施策で、何か印象的だった取組みはありますか。
青木 少し前アメリカで参加した会議では、P&G社の事例を聞きました。該社は、多様なステークホルダーを起用し、SNSを通して戦略的にコミュニケーションを図っています。例えば、研究開発をした社員や実際のお客さま、または自社製品を使っているアメフト選手など、いろいろな人たちの短い動画をたくさん公開しています。
日本だと大手企業の場合、どうしても大手広告代理店が提案した商品コンセプトとマーケティング戦略が強く、著名人をイメージに起用するスキームが基本となることが多いですよね。もちろんアメリカでもそうした手法は存在しますが、ひとつの完成したパッケージを公開すればいいわけじゃないということです。重要なことは消費者とのコミュニケーションであり、双方向の対話があり、企業側から正々堂々と伝えていく作業が大切だと感じました。
日本企業も、資生堂のインスタグラムではいろいろなステークホルダーが登場していますね。パラスポーツの選手や商品開発部の社員、LGBTQコミュニティの活動家など、さまざまな関係者を通して、会社の中身を伝えようと努力されていると思いました。こうしたコミュニケーションこそ、購買力につながるマーケティングだと言えます。

「らしさ」を考えて起こす、イノベーション

青木先生のインタビュー写真
——青木さんはサステナビリティ先進国であるデンマークに2年間ご滞在でしたが、サステナビリティマーケティングの観点ではどんなことをお感じになりましたか。
青木 デンマークで最も強く感じたことは、自分たちの生活をどう整えるかを重要視している、ということです。生き方や人生観を強く持っていて、自分の暮らしと地域を民主的につくることをとても大切にしています。海に飛び込んだり、森を散歩したりと、自然を愛でる暮らし方や、家族・仲間との集まりを重視する生き方も素敵でした。
また、政府がサステナブルな方針と目標を定め、そこに向けて企業や大学が舵を切りやすいように考えられ、コラボレーションがとても早く進みます。政府、生活者、企業が三位一体になって、迷うことなくサステナブルに向かって進んでいると感じました。
——日本でも取り入れられることは何でしょうか。
青木 デンマークの成功事例をそのまま日本に取り入れるのは非常に難しいです。制度や規模が違いますし、デンマークではすでにいろいろなことが面となり、関連しあい、成立しているからです。
ただ、同じような価値基準は日本にもすでにあるとは思いました。私は今、禅の理念を伝える駒澤大学で教えていますが、マインドフルネスや坐禅、ミニマリズムといった概念も日本のライフスタイルにおいて重要な価値観だと実感しています。福井県に永平寺という有名なお寺がありますが、雲水と呼ばれている修行僧たちの暮らしは400年以上の伝統があり、日本人の精神的支柱のようなものです。つまり、デンマークから学べることは多くありますが、日本にも日本の良いものがたくさんあります。
今一度立ち返り、私たちにとって本当に望ましい暮らしとは何か、を考える契機ではないでしょうか。日本らしさを強みに転換し、日本的なサステナビリティを確立することが重要だと考えています。
——持続可能な日本社会に向けて、サステナブル・マーケティングに挑戦中の企業や担当者が大事にすべきことは何でしょうか。
青木 今では多くの日本企業が、顧客満足を重要視していますよね。しかし、80年代後半頃までは、顧客満足度と売上が相関するものだとは誰も思っていませんでした。最初にトヨタが取組み、顧客満足度の向上に経営資源を投下することでお客さまを維持できると分かりそれが現在は常識化しました。サステナビリティにおいても、同じようなことを感じています。
もしかしたらまだ、売上とサステナビリティに相関性がないと思っている企業もあるかもしれません。しかし、サステナビリティは社会課題ですから、今イノベーションを起こすことで先行優位に立つことも十分考えられます。ただ価格競争に翻弄され、営業マンが必死なのに利益率が低いという働き方よりも、ちゃんと顧客満足を得られる提供をして、長期的な信頼関係と利益率を保ちながら、地球にも良いことができたら、モチベーションも変わるはずです。企業人としても、「五方よし」へのチャレンジはすごく楽しいと思いますよ。
私自身、これまで数多くの企業がそのようなチャレンジを通じて成功を収めてきたのを見てきました。お客さまだけでなく従業員満足度にもつながり、善循環に入っていく前例も多いです。そういう意味でも、サステナビリティはとてもワクワクできる仕事だと思いますので、ぜひ皆さんも自社のサステナブルなイノベーションに挑戦してほしいです。

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