
近年、世界では「サステナブル農業(持続可能な農業)」への関心が急速に高まっています。植物を育てて食料を生産する農業は、自然の中の営みであることから、環境負荷が低いと思われるかもしれません。ところが実際には、農業は環境に深刻な影響を及ぼしています。そうしたサステナブル農業が注目される背景や環境問題、国内外の取り組みについて解説します。
〈かつては華やかだった道端も、今は草木が茶色く枯れ果て、まるで焼き払われたかのようだ。そこも沈黙が支配し、生きものの姿はない。(中略)魔法や敵の攻撃が、この災禍に襲われた世界で、新たな命の誕生を押し留めたわけではない。人間が自ら手を下したのだ〉
これは、アメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンが1962年に発表した著書『沈黙の春』(渡辺政隆訳、光文社)の一節です。
第二次世界大戦後、世界的に「緑の革命」と呼ばれる農業技術革新が進み、食料生産量は飛躍的に増加しましたが、その代償は小さくありませんでした。強力な殺虫力をもつDDTなどの合成農薬が世界中で散布されるようになり、健康や環境に影響を及ぼすようになった。『沈黙の春』はその危険性を鋭く告発した作品で、大きな反響を呼びました。農業における環境問題が世界的な関心を集めるきっかけになったといっていいでしょう。
そして1977年、アメリカ農務省(USDA)によって「持続可能な農業(Sustainable agriculture)」という用語が初めて定義されました。「農業経済が依存する環境の質と天然資源基盤を向上させる」「再生不可能な資源と農場内の資源を効率的に利用し、自然の生物学的サイクルと制御を統合する」などといった考え方が示されました。
これが社会通念として世界に広まるようになったのは、1987年のことです。1983年に国連に設置された「ブルントラント委員会」が「我ら共有の未来(Our Common Future)」を発表しました。これは、現世代が将来世代の発展を阻害しないようにするという基本的な考え方を示した報告書であり、現在のサステナビリティの源流といえます。
当時から、熱帯林の破壊、砂漠化、温室効果による気温の上昇が問題になっていました。国際社会としてそうした課題に向き合い、環境保全と経済成長、社会的格差の是正を両立させようと、「持続可能な開発」という概念が生まれました。こうした流れの中で、農業も「持続可能性」の観点から見直されるようになったのです。
その取り組みがさらに加速したのが、2015年に採択されたSDGs(持続可能な開発目標)です。17の目標と169のターゲットからなるSDGsには、農業に関する項目も多数あります。特に目標2「飢餓をゼロに」では、持続可能な農業の推進が掲げられています。また、目標15「陸の豊かさも守ろう」では、森林保全や生物多様性の保全などが重要なテーマとなっています。
同じ2015年には、気候変動対策の国際枠組みであるパリ協定が採択されました。これにより、世界中で脱炭素への取り組みが加速します。現在では、DDTのような強い農薬は多くの国で使用が禁止されていますが、環境に影響を与えるのは農薬だけではありません。さまざまな要因が環境負荷につながっています。その大きな影響のひとつが、温室効果ガス(GHG)の排出です。
農業機械の燃料使用や森林伐採による農地開発などにより、CO₂が発生しますが、GHGはCO₂だけではありません。代表的なものはメタンです。温室効果がCO₂の約28倍あり、水田や牛など家畜のげっぷから発生します。なぜ水田から発生するかというと、土壌が水で覆われることで酸素が欠乏し、有機物を分解する「メタン生成菌」が活発化するからです。農林水産省によると、コメ文化である日本では、国内のメタン排出量のうち、約4割を水田が占めるとされています。
さらに一酸化二窒素(N₂O)は、CO₂の約300倍もの温室効果があります。これは農地に施された化学肥料や有機肥料に含まれる窒素が土壌中の微生物によって分解される過程や、家畜の排泄物を堆肥化する過程で発生します。
国連環境計画(UNEP)が発表した「2025年版排出ギャップ報告書(Emission Gap Report 2025)」によると、2024年の世界の人為起源のGHG排出量約577億トン(CO₂換算、以下同様)に占める農業の割合は11%で、土地利用、土地利用変化及び林業が8%でした。つまり、農業・土地利用関連分野が世界のGHG排出量の約2割を占めています。

https://wedocs.unep.org/rest/api/core/bitstreams/4830e1a8-14c0-44a5-a066-cdd2ba5b3e10/content
一方、日本は、2024年のGHG排出量は10億4600万トンで、うち農林水産分野は4,638万トン。全排出量の4.4%を占めました。項目別では燃料燃焼(1601万トン)が最も多く、稲作(1184万トン)、家畜の消化・腸内発酵(846万トン)、農用地の土壌(405万トン)と続きました。

化学肥料への依存は、土壌環境を悪化させるリスクもあります。土壌は本来、栄養や水分を蓄え、生態系を支える重要な基盤ですが、劣化が進むと農作物の収量低下にもつながります。また、化学肥料や農薬が河川や地下水に流出すれば、水質汚染を引き起こします。そして、これらの過剰使用は、生物多様性の損失をも引き起こします。
こうしたなか、近年、世界的に注目されているのが「環境再生型農業(リジェネラティブ農業)」です。土壌や生態系を修復・改善し、気候変動の緩和や自然環境の回復を目指す農業アプローチで、古くからある有機肥料の活用に加え、土を深く耕すことを最小限にし、土壌中の微生物環境や炭素の貯留機能を守る「不耕起栽培」や、農地をむき出しにせず、クローバーなどの植物で覆うことで、土壌の浸食防止や保水力の向上を図る「被覆作物(カバークロップ)」といった手法があります。
また、AIやIoT、ドローン、ロボットなどのデジタル技術を活用するスマート農業も注目されています。センサーによって土壌や気温、水分量をリアルタイムで把握し、必要な量だけ水や肥料を与えることで、資源の無駄を減らしながら生産性向上を図ることが可能です。
欧米を中心に対策が加速するなか、日本でも、持続可能な農業への取り組みが進んでいます。政府は2021年に「みどりの食料システム戦略」を策定しました。2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの目標に合わせ、農林水産業の脱炭素化を目指しています。また、化学農薬使用量(リスク換算)の50%低減、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量の30%低減、耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%に拡大といった目標を掲げています。
民間でもさまざまな取り組みが行われています。クボタなどの農機メーカーは、AIやIoTを活用したスマート農業機械を通じて効率的かつ持続可能な食料生産を支援しています。さらに近年は、アグリテック系のスタートアップも増えています。
名古屋大学発スタートアップのTOWING(トーイング)は、もみ殻や家畜糞などのバイオマスの炭化物に、土壌由来の微生物を培養して製造した高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を開発。農地の土壌改良や劣化の改善、資源循環などを推進しています。
沖縄に拠点を置くEFポリマーは、オレンジやバナナの皮などの残渣をアップサイクルした、完全有機の超吸水性ポリマー「EFポリマー」を製造・販売しています。同ポリマーは吸水性が高く、作物の根の部分に混ぜると水不足の環境下でも収穫量を向上させることができます。しかも肥料も一緒に吸収するため、使用する肥料の削減にもつながるそうです。
GHGを排出するのは、生産現場だけではありません。国際連合食糧農業機関(FAO)によると、2023年の加工・輸送・小売などまでを含む食料システム全体のGHG排出量は165億トンで、2001年比で21%増加。世界のGHG総排出量の32%を占めています。
項目別では家畜(43億トン)が最も多く、森林伐採(28億トン)、包装・輸送・小売(14億トン)と続きました。こうした背景から、食品メーカーや小売事業者も大手を中心に持続可能な調達に力を入れています。
味の素グループは、気候変動や生物多様性の損失、人権問題などと密接に関わる森林減少の抑制を重要課題と位置づけ、パーム油やサトウキビなどの原材料のトレーサビリティ確保を進め、持続可能な調達を推進しています。また、製造過程で生じる副生物を有機質肥料として農地に戻し、再びサトウキビの栽培に活かす「バイオサイクル」を世界各地で展開しています
サントリーグループは原材料・資材・設備などの購入に際し、有害物質を含まない、資源が有効に活用されているなど環境に配慮した物品・サービスを優先的に選択するグリーン調達を推進。さらには、カシス農家やコーヒー農家などのサステナブル農業支援も行っています。
企業によるさまざまな取り組みが広がっていますが、消費者にもできることがあります。
農水省が企画する、温室効果ガス削減や生物多様性の保全への貢献を示した「見える化ラベル」が貼られた食品など、環境に配慮した商品を購入することで、サステナブル農業の普及を支えることができます。
また、地元で採れた野菜や肉、海産物などを積極的に購入する「地産地消」を心がければ、輸送のためのエネルギーを減らすことができますし、地元の生産者の収入を上げるなど地域の活性化にもつながります。
さらには、食べ残しを減らしたり規格外野菜を積極的に購入したりすれば、フードロスを削減し、農業資源の有効活用につながります。フードロスは資源を無駄にするだけでなく、輸送や焼却によって大量のCO₂を排出します。持続可能な農業を実現するためには、私たち一人ひとりが「何を選び、どう消費するか」を見直していくことも重要なのです。
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