
かつて、サプライチェーン・マネジメントはコスト削減や効率化を実現するためのマネジメントの仕組みでした。しかし現在では、人権や環境への配慮、さらには地政学リスクへの対応まで含めた「経営戦略」へと役割を変えています。サステナブル・サプライチェーンとは何か。その本質と、日本企業が直面する課題について、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科長で教授の細田高道氏に話を聞きました。

原材料の調達から生産、物流、販売に至るまで、製品やサービスが顧客に届く一連の流れを指す「サプライチェーン」。かつて企業は、品質や顧客サービスを維持しながら、このサプライチェーンをいかに効率化し、コストを削減するかを競ってきました。しかし近年、その考え方は大きく変わりつつあります。今、重要性を増しているのが、サステナビリティの視点を取り入れたサプライチェーンの構築です。
青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授の細田高道氏によると、サプライチェーン・マネジメントが本格的に発展した1960年代以降、企業が最優先してきたのは「効率性」でした。
「従来のサプライチェーン・マネジメントは、原材料の調達から製造、物流、販売に至るまで、商品やサービスを市場へ円滑に届けるための仕組みを、複数の組織が連携して構築・運営する活動でした。その主な目的は、品質や顧客サービスを一定の水準に保ちながら、業務の効率化、在庫の適正化、納期の短縮、コストの削減を図ることにありました。特に2000年代以降はITの活用が急速に進み、企業間で共有されるデータを用いて需要予測や在庫管理を高度化し、サプライチェーン全体の経済性を高めることが一層重視されるようになりました」
潮目が変わったのは2010年代です。2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)やESGへの関心が世界的に高まり、企業には利益だけでなく、環境や社会への責任も求められるようになりました。
「サステナビリティやESGの広がりは、サプライチェーンのあり方に大きな変化をもたらしました。従来はコストや効率性といった経済性が主な評価軸でしたが、現在では、経済、社会、環境の3つの要素を統合するとともに、予期せぬ環境変化にも対応できるレジリエンス(強靱性)を備えたサプライチェーンを設計することが求められています。つまり、今日のサプライチェーンは、単なるコスト削減や業務効率化の手段ではなく、企業の競争力と中長期的な企業価値を左右する戦略領域となっているのです」(細田氏)
原材料の調達先で児童労働や強制労働が行われていないか。製品を製造・輸送する過程で温室効果ガスをどれだけ排出しているのか。さらには中東情勢のような地政学リスクにいかに対応するか。経済的な観点だけでなく、こうした点まで含めて企業が考慮しなければならない時代になったのです。それゆえに、サプライチェーンの捉え方が複雑化していると細田氏は続けます。
「現在では、同じ『サプライチェーン』という言葉を使っていても、人や立場によって注目する側面が大きく異なります。ある人は労働環境や賃金などの人権問題という観点から語り、別の人は温室効果ガス排出量の削減という観点から語ります。これらの問題は、企業からの可視性が低い上流の取引先などで生じていることも少なくありません。そのため、サプライチェーンについて議論する際には、どの領域や課題を念頭に置いているのかを最初に確認しなければ、同じ言葉を使いながら議論がかみ合わないことさえあります」
サプライチェーンは単なる物流や調達の話ではなく、その範囲が大きく広がっているのです。
サステナビリティの話になると、「環境対策を進めるほどコストが増える」という議論がしばしば聞かれます。しかし、細田氏は、サステナビリティとコストを単純なトレードオフとして捉える発想そのものが、今日の経営環境にはそぐわなくなっていると指摘します。
「サステナビリティとコストはトレードオフの関係にあると言われることがあります。確かに、短期的には新たな設備や技術、人材などへの投資が必要となり、コストが増加する場合もあります。しかし、サステナビリティは、単に目先のコストの増減だけで判断すべき問題ではありません。企業価値はコスト削減だけで決まるものではなく、将来のリスクへの対応力、顧客や社会からの信頼、イノベーション、事業の持続可能性などによっても形成されます。先ほど述べた4つの要素を経営に取り入れ、継続的に実践する企業は、中長期的な競争力を高め、企業価値の向上につなげられると考えています」
つまり、社会や環境への取り組みはコストではなく、企業価値を維持・向上させるための投資なのです。
サステナブル・サプライチェーンへの取り組みは、欧州を中心に急速に進んでいます。EUでは、再生材の利用義務や情報開示など、サプライチェーン全体を対象とした法整備が進んでいます。一方、日本はというと、必ずしも環境先進国とは言えないと細田氏は指摘します。
「各国の気候変動対策を評価する『Climate Change Performance Index(CCPI:気候変動対策指標)』を見ると、日本は2025年版で58位、2026年版でも57位と、引き続き下位グループに位置しています。2026年版では、温室効果ガス排出、エネルギー利用、再生可能エネルギーの3項目が『低い』、気候政策は『非常に低い」と評価されました。企業や個人による省エネルギーや排出削減の取り組みが進められていても、それだけでは国全体の評価を大きく引き上げるには至りません。再生可能エネルギーへの転換や石炭火力発電からの段階的な脱却など、国の政策と具体的な実行計画が十分に追いついていないことが、日本の評価が低迷している一因と考えられます」
背景にあるのは、EUと日本とのスタンスの違いです。日本は、民間の自主的な取り組みに委ねる傾向が強いといえます。また、プラスチックの処理ひとつとっても、EUと日本では考え方が異なります。
「EUや米国では、廃プラスチックを材料や化学原料として再資源化するマテリアルリサイクルやケミカルリサイクルと、焼却によるエネルギー回収とを区別しています。これに対し、日本では、2024年の廃プラスチック総排出量のうち、マテリアルリサイクルが20%、ケミカルリサイクルが2%である一方、『サーマルリサイクル』と呼ばれるエネルギー回収が66%を占めています。サーマルリサイクルは、焼却時に発生する熱を発電や給湯などに利用するものですが、プラスチックを材料として循環させる仕組みではありません。同じ『リサイクル』という言葉が使われていても、日本と欧米では、その定義や統計上の扱いが大きく異なる点に注意が必要です」(細田氏)

廃プラスチックの有効利用率(2024年)

「プラスチック製品の生産・廃棄・再資源化・処理処分の状況(マテリアルフロー図)」より作成
日本では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2025年3月にサステナビリティ開示基準を公表し、企業による任意適用が可能となっています。法定開示については、2027年3月期から時価総額3兆円以上の東証プライム上場企業を皮切りに、企業規模に応じてサステナビリティ関連財務情報の開示が順次義務付けられます。
SSBJ基準に基づく気候関連開示では、温室効果ガス排出量を3つの区分に分けて開示します。スコープ1は自社の工場や車両などから生じる直接排出、スコープ2は他社から購入した電気、蒸気、熱、冷却の使用に伴う間接排出、スコープ3は原材料の調達、製品の輸送・使用・廃棄など、スコープ1および2以外のバリューチェーン全体における間接排出を指します。しかし、自社のデータですら十分に把握できていない企業が、サプライヤーの上流・下流まで含めて実態を追うのは容易ではありません。
「自動車産業に代表される多層的なサプライチェーンでは、完成車メーカーからTier 1、Tier 2、Tier 3へと裾野が広がるにつれて、中小企業の占める割合が高くなる傾向があります。こうした企業の中には、資金、専門人材、データ収集・管理体制などの経営資源が限られているため、明確なサステナビリティ目標を設定し、その達成に向けた取り組みを進めることが難しい企業も少なくありません。そのため、完成車メーカーから高い削減目標の達成や詳細なデータ開示を求められても、自社だけでは十分に対応できない場合があります」(細田氏)
こうした難しさの中「グリーンウォッシング(環境配慮を装う見せかけの取り組み)」に注意をすべきと細田氏は警鐘を鳴らします。
「スコープ1における温室効果ガス排出量が少ないことを自主的に開示している企業を対象に、開示されていないスコープ3の排出量を推計した研究があります。その研究では、一部の企業において、スコープ3の排出量が非常に大きく、スコープ1で報告された削減効果を上回るケースが確認されています。
そのような結果が企業の意図によるものかどうかについては、研究では明らかにされていません。しかし、排出量の多い製造工程をサプライヤーに移管した結果、自社のスコープ1が減少したとしても、バリューチェーン全体の排出量が減少していなければ、見かけ上の排出削減、さらにはグリーンウォッシングと受け止められる可能性があります。企業には、スコープ1だけでなく、スコープ2、スコープ3を含めた全体像を把握し、削減の実態を透明性の高い形で説明することが一層求められています。
近年では、企業のサステナビリティ報告書やニュースなどの公開情報をAIに読み込ませ、開示内容と実際の取り組みとの乖離を分析することで、グリーンウォッシングのリスクや兆候を検出しようとする研究も進められています」
真のサステナブルサプライチェーン構築を実現するのがいかに難しいかが分かります。一方で、こうした課題を乗り越え、サプライヤーとの協業によって成果を上げている企業もあります。その数少ない成功例として挙げられるのがユニリーバです。
「ユニリーバは、原料を生産する小規模農家やバリューチェーンを支える中小事業者を支援するため、独自のプログラムに加え、外部機関と連携したファンドやプロジェクトを展開し、資金、技術、研修、市場へのアクセスなど、多面的な支援を行っています。一方的に基準の順守を求めるのではなく、農家やサプライヤーなどとの共創関係を築くことで、持続可能な調達とサプライチェーンの強靱化を進め、自社の競争優位と中長期的な企業価値の向上につなげている好例です」(細田氏)
日本企業がこうした先進企業に追いつくためにはどうすればいいのでしょうか。細田氏は、一部署ではなく、全社戦略的に進めるべきだと言います。
「サステナビリティ関連の専門部署を設けていても、実際には『環境』と名のつく課題をすべてその部署に担当させているだけ、という企業は少なくありません。しかし、例えばスコープ3の排出削減を進めるには、調達、製造、物流、営業など、利益を生み出す事業部門を幅広く巻き込む必要があります。
その際、現場から『利益を稼いでいるのは我々だ。競合に負けたらどうするのか』と拒絶されれば、サステナビリティ部門だけで実現できる変革は限られます。専門部署に責任を負わせるだけの体制は、サステナビリティ経営の本来あるべき姿から大きく隔たっています。サステナビリティを特定の部署だけに委ねるのではなく、企業ガバナンスの一環として捉え直し、経営陣の責任のもとで全社戦略に明確に位置づけることが重要です」
また、細田氏が強調するのが、部分最適に陥らず「全体」を見る視点の大切さです。
「『全体最適』という言葉はよく使われますが、そもそも、その『全体』がどこまでを指すのかが見えていないことは少なくありません。例えば、街中で衣料品の回収ボックスをよく見かけます。回収された衣料品の一部は、選別や転売を経て、アフリカなど海外の中古衣料市場へ輸出されます。西アフリカのガーナには大規模な古着市場がありますが、持ち込まれた衣料品の中には、汚れや破損があるもの、品質が低いもの、現地の気候や需要に合わないものも含まれており、販売できずに廃棄されるものが少なくありません。
こうした衣料廃棄物は、現地の処分場を圧迫する一因となっています。首都アクラ近郊のクポネ処分場も、当初の想定を大幅に上回る量の廃棄物が流入したため、計画よりはるかに早く容量に達しました。処分しきれない衣料品が非正規の廃棄場所や水路に捨てられ、海岸に大量に流れ着く事例も報告されています。
回収ボックスに衣料品を入れた時点で、リサイクルが完了したわけではありません。その製品が最終的にどこへ行き、そこで何が起きているのかまで目を向けるだけでも、サステナビリティに取り組む企業の意識は大きく変わるはずです。戦略を考えるうえでも、『全体』を捉えるうえでも、重要なのは、目先の成果だけでなく、その先に生じる影響まで見通す長期的な視点です」(細田氏)
世界では、気候変動、地政学リスク、資源価格の高騰など、不確実性がますます高まっています。その中で競争力を維持できる企業とは、単に効率性を追求するのではなく、長期的な戦略に基づいて持続可能なサプライチェーンを構築できる企業なのです。

細田高道|ほそだ たかみち
青山学院大学大学院国際マネジメント研究科長、教授(PhD)。英国高等教育アカデミーフェロー。EFMDプログラム認証委員メンバー。MIT、カーディフ大学ビジネススクールなどを経て、2009年より青山学院大学。実務家時代から一貫してサプライチェーンを主要な研究テーマとし、持続的サプライチェーン研究所所長などを歴任。最近の研究は、循環型サプライチェーン、デュアルソーシング等。海外学術誌からの出版多数。
Sustaina 360° メールマガジン登録
脱炭素・カーボンニュートラル担当者必読の最新記事やイベント情報を毎月1〜2回お届けしています。登録ページからメールアドレスをご登録ください。
メルマガ登録
#サプライチェーンマネジメント